月に帰らない、かぐや姫

Episode9  憧れの星へ

ですが図らずも、それが現実のものとなったのです。

ある日、城に一人の技術者が訪ねてきました。なんと、今までより高性能な瞬間移動の装置を作りあげたというのです。技術者は、この技術を大量生産するために、資金を援助して欲しいと頼みに来たのでした。

かぐやの父でもある、月の世界の王は無関心でした。

「遠方への瞬間移動技術は、現状のもので間に合っておる。すでに月全域へは自由に行けるようになったのだぞ? これ以上、どこへ足を伸ばすというのじゃ」

月の住人は、自分の力で瞬間移動することもできます。ですが、それができる範囲は限られているのです。月の反対側まで一瞬で移動したいのであれば、瞬間移動装置の力を借りる必要がありました。機械を使えば、月の世界のどこへでも、自由に一瞬で行くことができるのです。

そして滅多にないことですが、月の世界の外まで足を伸ばす時には、白い光の宇宙船を使っていました。

技術者は言いました。

「この新しい装置は、月全域への瞬間移動だけではなく、月の外までの瞬間移動も可能にします。もう外へ行くために、宇宙船を使わなくても良いのです。これが本体ですが、この端末を持ってさえいれば、移動先からでも一瞬で帰ってくることができます」

手に持った小さい端末と、机に載るほどの小ぶりな機械を示して必死に説明しています。それでも王の考えは変わりませんでした。

「我々は外に行く必要などないほどに栄えておる。そのような行き過ぎた技術は必要ないのじゃ」

それで話は終わりでした。王は席を立ち、謁見室の奥に下がってしまいます。技術者は話しかけて引き留めようとしましたが、部屋に控えていた衛兵に促されて、すごすごと部屋を出ていきました。

謁見室を出た先には、まっすぐに続く長い廊下が待っていました。かぐやが声をかけたのは、技術者がそこをとぼとぼと歩いている時です。

「ねえ、技術者さん」

可愛らしい声に呼び止められて、今にも泣き出しそうだった技術者は振り返りました。

かぐやは柱の陰から飛び出して、「ちょっとお話しましょ」と誘います。技術者は機械を持ったまま、かぐやお気に入りの庭園まで導かれました。

庭園には白い光の植物が咲き乱れていました。そう、月の世界にも植物はあるのです。けれど芝生も、花も、木もすべて真っ白で、うっすらと月の光を放っています。これらの植物は光で育つので、水は必要ありませんでした。月に水はありません。

かぐやは技術者と機械にお気に入りの席を勧めると、その向かいのベンチに腰掛けました。

「ねえ、今までの機械よりもずっと遠くに瞬間移動できるって、本当?」

身を乗りだして、声をひそめて聞きました。

かぐやは謁見室には入れませんでしたが、衛兵を一人捕まえて、どういう内容の謁見が行われているのかを聞いていたのです。

技術者は事情が分からないまま頷きました。

「その通りでございます、姫様。わたくしの開発した技術で、より遠い範囲までの瞬間移動を実現しました」

「それがあれば、帰ってこられるのよね」

技術者が握っている小さな端末を指さしました。技術者は頷きました。

「ちょっと使わせて頂戴」

技術者に使い方を教えてもらい、かぐやは机の上に載りそうな大きさの機械の前に立ちました。機械から光の線が出て、かぐやを認識します。

「行きたい場所を思い浮かべて下さいませ」

技術者はへりくだって言いました。ちょっと試すだけですので、かぐやはここから三メートルほど先の、別のベンチの上に出ようと決めました。

機械から出る光が強くなり、かぐやの視界が真っ白になりました。周りの感覚が一切なくなり、宙をふわふわと漂っているような気分になります。

足が地面につく感触がありました。

目を開けてみると、そこは確かに、かぐやが意図したベンチの上です。機械は正常に作動するようでした。

「じゃあ、帰りはどうやるのかしら?」

手に握った端末には、白いボタンがついていました。それを押してみます。

また視界が光に包まれ、宙を漂い、足が地面を踏む感覚がありました。目を開けると、そこは機械の前です。

「すごい! 時間もかからないし、とっても優秀ね!」

「嬉しいお言葉です」

技術者は姫君に褒められて嬉しそうにしました。ですがかぐやの次の一言で、技術者は当惑することになります。

「ねえ、この機械で、地球まで瞬間移動することはできないかしら?」

「地球へ!?」

技術者は素っ頓狂な声を上げて、かぐやに「しーっ!」と叱られました。慌てて口を押さえ、ひそひそ声で尋ねます。

「なぜ地球へ行こうとなさるのですか?」

「絶対、誰にも言わないって約束する?」

「はい」

「私ね、地球が好きなの。一度行ってみたいと思っていたのよ」

かぐやの言葉を聞いて、技術者は息を呑みました。どう返して良いのやら、困り果てている様子だ。

これ幸いと、かぐやはたたみかけるように続けました。

「地球に興味があるだなんて、お父様には絶対に言えないわ。でも、私は地球へ行きたいの。ねえ、貴方にこれを広めるためのお金をあげるわ。お父様がくれたかもしれないぶんよりは少ないでしょうけど……。ねえ、地球行きを試させてくれない?」

かぐやには、今まで使い道もなく溜めてきたお小遣いがありました。時々、珍しい地球の持ち物を買い求めることがありましたが、それ以外のことには一切使っていないお金です。

技術者は考えこんでいる様子でした。ばれれば捕まってしまうかもしれません。研究どころではなくなってしまう……。けれど、ばれなければ? 自分はお金が手に入り、もっと自分の技術を高く買ってくれる人を見つけられるかもしれない。

とうとう技術者は頷きました。

「かしこまりました、姫様。仰せのままにいたしましょう。それでは一週間後、わたくしの研究室にいらしてください。お一人で」

「分かったわ。ありがとう」

かぐやは技術者にお礼を言いました。それから、渡すつもりだったお金の半分を渡しました。

 

一週間後、かぐやはこっそりと城を抜け出して、言われた通りの場所に行きました。そこは町のはずれにある、背の低い建物で、技術者の研究室兼住まいがあるところでした。

小ぢんまりとした研究室はきれいに片付けられ、あの瞬間移動の機械だけが、机の上に置かれています。そばに控えた技術者は言いました。

「姫様。わたくしも危険を冒したくはございません。そこで一つ、条件をつけさせていただきたく存じます。地球に滞在するお時間は、きっかり一時間になさってください。そしてここへお戻りになりましたら、すみやかにお城へお帰りくださいませ」

一時間。憧れの世界を探検するには短すぎる時間だと思いましたが、ここで諦めたくはありません。技術者が懸念することも、かぐやはちゃんと分かっていました。

「そうね、そのようにするわ。じゃあ、やって頂戴」

技術者は帰り道用の端末に、一時間のタイマーをつけました。かぐやはまた機械の前に立ち、わくわくとつま先を上げ下げします。

機械から白い光が溢れました。かぐやは目を閉じて、憧れの世界を念じました。

「私はついに行くのよ。地球をこの目で見るの。あの青い空や海。そしてたくさんの綺麗な風景」

視界が白く染まっていきます。すべての感覚が消えました。