月に帰らない、かぐや姫

Episode8  罪びとかぐや

月は、地球と最も近しい世界であり、同時にとてもかけ離れた様子の文明を持っていました。

月の都には、幾層にも階のある細長い建物が並び、どこもかしこも真っ白に光り輝いていました。月の人々も光り輝く姿をしていて、みなとても整った容姿を持っていました。月の人々はこの星の人よりも広い目を持っていて、自分の見た目を好きなように変えたり、一定の範囲内であれば、行きたい場所まで一瞬で移動することもできました。

過去世でのかぐやが生まれたのは、そんな月の都に暮らす王族の家でした。月の人々は地区宇人よりもずっと長寿でしたので、月の人の一生はとても長く、また都の歴史もとても古いものでした。

そういう場所には、伝え続けられてきた伝統があることが多いものです。かぐやの家もまた、そうでした。

「姫様、そのようなことをなさっては、しきたりに反します」

家庭教師が小さな背中に声をかけました。振り返ったかぐやは、不思議そうな顔で首を傾げます。

「どうして? 私、ただ遊んでいるだけよ」

「それは性質の悪い遊びでございます。地球のものを集めるなど」

かぐやは自分の手元を見下ろして、組み合わせて遊んでいた皿やグラスを眺めました。

家庭教師は眉をひそめました。

月の住人たちは、自分たちの暮らし方に誇りを持っていました。自分たちは広い宇宙の中でどこよりも高度で、便利な文明と技術を持ち合わせている。

近くに地球という別の惑星があり、そこにも似たような見た目の人が住んでいましたが、彼らはまだまだ未熟で、自分たちと比ぶべくもありません。

「姫様も習ったはずでございましょう。地球は未熟な星です。我々は自分たちより劣った世界に関心を示す必要はございません」

さらに続く言葉を、かぐやも厭味ったらしく家庭教師の真似をしながら一緒に言いました。

「私たちが見据えるべきなのは、今後の月の世界の発展です。姫様は次世代を担う方。世界の発展に大きな責任があります」

家庭教師は、嫌味に気付かなかった振りをして言いました。

「分かっておられるではありませんか。さ、お勉強なさることはまだまだたくさんございますよ」

言うが早いか、背中で「ついていらっしゃい」と語りながら城に入っていきます。

かぐやは遊んでいたものをまとめて巾着袋に詰めると、それを服の内側に隠してついていきました。

かぐやは地球が大好きでした。

暗い空の中に輝く、青い星。実際に訪れたことはありませんでしたが、地球の様子は古い資料を漁ったことで知っています。

他に興味を示す人はありませんでしたが、城の図書室には、いくつかの地球に関する資料があるのです。それに書かれている地球は、月よりも素晴らしいところに思われました。

地球が青く見えるのは、「海」と呼ばれる塩水が、表面のほとんどを覆っているからだそうなのです。そして地球では、空が青いのだとか。太陽が温かく輝く空は青く、太陽が見えなくなると、空には宇宙の星が見えるようになるというのです。月は都が明るすぎるせいで、空はただの真っ黒い板に見えました。都からかなり離れないと、宇宙の星を見ることはできないのです。

そして地球の表面には、「海」の他に「陸」と呼ばれる、固い大地があるということでした。そこにはたくさんの緑色の植物が生えていて、その中を毛の生えた動物が動きまわったり、月の住人に似た姿の「人間」が、互いに助け合って暮らしているとのことでした。

見つけた資料の最後は、必ず「しかし、地球の住人は我々よりはるかに劣っている。同盟を結んだり、貿易をしたりできる間柄にはなれそうもない」と結んでありました。しかし、かぐやはそれをまったく気にしていませんでした。

城の真っ白な廊下を歩きながら、かぐやは窓の外を眺めました。

縦に細長い窓は見晴らしの良い側に作られていて、真っ黒な空と、そこに浮かぶ青い地球が見えました。

「もしも、地球に行くことができたら」

誰にも話せない夢は、心の中で呟くだけでした。