月に帰らない、かぐや姫

Episode7  通い合う心

帝はかぐやに会ってみたくてたまらなくなりました。

美しい容貌ももちろん気になりましたし、何より、かぐやと実際に会って、話がしてみたかったのです。

ちょうど、帝も結婚相手を探さなければならない時期でした。それで、本当の理由は誰にも言わず、「美しい娘に会いたい」という理由をつけて、ここへ来たというわけなのです。

帝のいきさつを知ったかぐやは、思わず言いました。

「まあ。なんてさみしいお方! もっといろんな人に心を許して大丈夫なのに」

それは帝の心を読んでの言葉でしたので、言い当てられた帝は驚いて、手首を掴んだ手を少し緩めてしまいました。

その隙にかぐやは部屋の隅まで逃げました。けれど、もう顔を隠しはしません。かぐやも帝を見つめて、目を離すことができませんでした。

帝の高貴で、寂しい心は、かぐやの目にとても魅力的に映ったのです。帝は帝なりの立場で、さまざまな感情を経験していました。

帝は驚いて言いました。

「……なぜ、わたしを見て寂しいなどと申すのだ?」

かぐやははきはきと返しました。

「だって私、貴方の心が視えるんですもの。私が今までたくさんの人の求婚を断ってきたのは、心が正直じゃない人がいっぱいいるからだわ。貴方の心はとっても綺麗ね」

かぐやはちょっとだけ笑顔を見せました。それは見るものを魅了する微笑みです。もちろん、帝もその虜になりました。

帝は、今度は静かにかぐやに近づいて、そばに座りました。「人の心が分かる」と話したかぐやに、ますます興味が湧いたのです。

「心が視えるというのは、一体どういうことだ? もっと詳しく聞かせてくれないか」

これが、かぐやと帝の出逢いでした。

 

二人は夜遅くまで語り合いましたが、帝は明日の公務もあるということで、仕方なく牛車に乗って帰ることになりました。帝は宮殿に帰りつくとすぐ、かぐやに宛てて文をしたためました。

それはこんな内容でした。

「かぐや。今日は楽しい時間を過ごすことができた、本当にありがとう。ぜひまた会いたい」

帝の従者は、「できるだけ急いで届けてくれ」という直々の命令に従い、翌日にはかぐやの屋敷にしっかりと文を届けました。かぐやは帝の従者が来たという知らせを受けると、玄関まで走っていきました。

従者は肩で息をして、しっかりと帝からの手紙を握りしめていました。かぐやはぱっと手紙を受け取りました。

「ありがとう、従者さん。お茶を飲んで休んでいらして。私、すぐに返事を書いてしまうわね」

とびきりの笑顔を向けられて、従者は疲れを忘れました。

トツがお茶を出してくれている間に、かぐやは帝への返事を書きました。

「ミカド様、昨日はありがとうございました。私、貴方がとっても気に入ったわ。ぜひまた会いたいです。お体に気をつけてらしてね」

お茶と菓子をつまんで元気を取り戻した従者は、かぐやの笑顔に見送られて、都へ取って返しました。

「お手紙のやりとりなんて、素敵! 早くお返事が来ないかしら?」

かぐやはうきうきと声を弾ませました。同時に、昨日のことを振り返ります。

人の心が分かったり、欲しいものを引き寄せたりする不思議な力のことを、帝は決して笑いませんでした。むしろそのような「不思議」を面白がって聞き、自分もやってみたいと言い出したのです。かぐやはおほしさまにお願いする方法を教えてあげました。

「お願いして、一瞬で願いが叶うわけじゃないの。一日か二日、長い人ではもっと待てば叶うわ。どれくらい待つのかはね、その人がどれだけおほしさまを信じられるかにかかっているの。どうかあまり疑わずに試してね」

帝も帝とて、かぐやのすべてが新鮮に思われました。かぐやは帝という地位の意味を知っていましたが、だからと言ってかしこまった喋り方をするわけではなく、いたって自然に帝と話をしました。ケンゾーやトツと話すのと、何も変わりありません。今まで帝の周りにそんな人はいませんでした。かぐやがますます魅力的に見えました。

「星に願うことは教わればできるにしても……。人の心を覗くというのは、並みの人間にできることではなさそうだな。かぐや、なぜそなたは斯様(かよう)な事ができるのだ?」

回想にふけるかぐやは顔を曇らせました。帝から尋ねられたことを思い出したからです。

なぜ、いろいろのことを知っているのか? なぜ人の心を視る力があるのか? それはかぐや自身にも分からないことだったのです。

「うーん、分からないわ。誰に教わったわけでもないんだけど、気づいたら知っていたの」

帝が追及してこなかったことに、昨日のかぐやは安堵していました。

「そうなのか……。そなたは不思議だな。だがその不思議さもまた、魅力の一つに思える」

昨日はそれで流しましたが、帝から投げかけられた問いは、弾むかぐやの心に、一筋の影を落としていたのです。

窓の外はもう夕暮れ時です。帝が来てからというもの、塀の外に連日詰めかけていた男性たちは姿が見えなくなっていました。

かぐやは誰の声にも邪魔されることなく考えました。

「……どうして?」

自分に尋ねながら、畳に寝転がります。そのまま窓辺まで、ころころと転がっていきました。

起き上がって外を眺めた時、暗くなる空の遠くに、昇りはじめたばかりの月が見えました。

「月」

月にはウサギがいるという言い伝えがあるんじゃよ。ほら、模様が餅つきをするウサギに見えるじゃろう。

いつか、ケンゾーに聞かれたことを思い出します。ぼんやりした記憶がよみがえってきました。

月にウサギがいる……そう言われた時、私はなんて答えたっけ?

月にウサギはいない。変に確信を持ってそう言った。

どうして、そう言い切れたのかしら? 私はどうして月に魅せられるの? 夜になって月が……満月が昇るたび、なんだか悲しい気分になる。

辺りが急に暗くなったので、かぐやは驚いて辺りを見回しました。

気がつくと、辺りは真っ暗になっていて、部屋は見えません。いいえ、感覚で、部屋にいないことが分かりました。

「何が起こっているの?」

暗闇の向こうに、白い光が見えました。まん丸で、柔らかく光っています。

それはだんだん近づいてきたかと思うと、かぐやの前にその巨大な姿を現しました。

月でした。

かぐやの体が勝手に動いて、どんどん月に引きつけられていきます。何度も見上げていた月が目の前にあり、地上からは見えないものまでが見えました。

月の上には都がありました。

そしてかぐやは、過去にそこに住んでいた月の住人だったのです。