かぐやは正直な人を探していて、結局、誰も彼女の期待に応えることはできませんでした。
石作りの皇子、倉持ちの皇子、右大臣が持ってきた品物はどれも偽物でしたし、大納言は龍の怒りに触れて大怪我をし、かぐやとの結婚を嫌がりました。そして中納言は自分の力で頑張りましたが、怪我が元で体を弱らせ、そのまま亡くなってしまいました。
身分の高い貴公子たちがかぐやの願いを叶えられなかったことで、それより低い身分の者たちは湧き立ちました。かぐやと貴公子たちとのやりとりが彼らの耳に届くころには、話に尾びれと背びれと胸びれがついて、「かぐやは身分が高いという理由では、結婚相手を選ばないらしい」という、希望が持てる話に変わっていたのです。
五人の貴公子たちはかぐやの屋敷によりつかなくなりましたが、屋敷の周りはまだ大勢の男性たちでにぎわっていました。
かぐやの屋敷に、突然豪華な牛車が乗りつけたのは、そんなある日のことでした。
「道をあけよ!」
厳かな従者の声が響いたかと思うと、門に続く道がすみやかに作られ、黒塗りの重々しい牛車がやってきました。
屋敷の窓からそれを見つけたケンゾーは、あまりの驚きに腰を抜かしてしまいました。
「トツ! トツや!」
なんとか出た大声に、トツが何事かと飛んできます。ケンゾーは窓の外を指さして、驚きに声を震わせながら言いました。
「とんでもない。わしは夢でも見ているんじゃろうか。あの紋章……帝さまの牛車じゃ」
美しいかぐや姫の噂は、宮廷にも届いていたのです。
帝を待たせるわけにはいかず、ケンゾーとトツは、慌てて応接間を整えました。二人は帝を上座に通し、下座にかぐやのための衝立を用意します。
そしてかぐやが衝立の奥でしっとり座ると、帝は従者たちとケンゾー夫婦に言いました。
「席を外せ」
帝の命令とあれば、誰も逆らうわけにはいきませんでした。
従者たちは帝の命に一礼し、すぐに部屋を出ていきました。そしてケンゾーとトツも、心配そうにかぐやと帝を見比べながら、おずおずと部屋を退出しました。
帝は豪奢な絵の描かれた衝立を見つめました。
衝立はどっしりとしていて、けれど圧迫感を与えません。かぐやは緊張しているのか、ひっそりと静かにしていました。帝から見えるのは衝立だけで、着物の裾さえも垣間見ることはできません。
「かぐやとやら。そなたの美しいという噂は、今や都にも届いておる。どうか顔を見せてはくれぬか」
「……」
かぐやは黙っていました。衝立の奥では、かぐやは決して緊張などしてはいなかったのです。ただ、今まであまりにもたくさんの男性と会ってきて、少し飽きはじめていたのです。
衝立越しでも、かぐやは充分に相手のことが分かりました。相手がお金持ちなのか、身分が高いのか、低いのか、それを鼻にかけているのか、嫌悪しているのか……。今までかぐやに会いに来た男性たちは、そのほとんどが傲慢な中身をしていて、とても一緒に暮らす気になれない者ばかりだったのです。
かぐやは今までと同じように、静かに黙って、帝の内面を観察していたのでした。いくら見目麗しくて、お金持ちの皇子でも、中身が傲慢ならばかぐやは嫌なのでした。
「かぐや?」
「……」
帝はもう一度呼びかけました。かぐやは答えません。いいえ、自分の考えに集中していて、帝の声が聞こえていないのでした。かぐやは少し目を細めて、まだ内面を視ようとしていたのです。
帝は今まで、こんな扱いを受けたことはありませんでした。自分が、帝であるこの自分が、人に声をかけたのに返事がないなど。宮中では誰もが「はい、帝」と言ってひれ伏しましたし、子どものころから今まで、帝の周りにはたくさんの取り巻きがいました。
ちょっとも立たないうちに我慢がきかなくなり、帝はついに立ち上がりました。
「そこにいるのは分かっているのだぞ。返事がないのならばこちらから行く」
そしてたったの二歩で広い応接間を横切り、あっというまに衝立を脇へどけてしまったのです!
かぐや姫は隠れる隙もありませんでした。慣例に従って顔を隠そうとしましたが、あっという間に扇を奪い取られて、手首を強い力で掴まれます。かなり強引なやり方でしたが、帝はかぐやの美しい顔を見た、最初の結婚希望者となったのでした。
帝は息を呑みました。
「なんと。……これが本当に人なのだろうか。まるで天女のような美しさだ」
息を呑んだのはかぐやも同じでした。それは帝の暴挙に驚いたから、というのもありましたが、衝立をどけて向きあった帝が、とても素晴らしかったからです。
帝はもちろん端正な見た目をしていましたし、何よりかぐやが引きつけられたのは、その心でした。
帝は人の言葉を聞こうという柔軟な耳を持ち、治世をさらに良くしたいという志もありました。帝という地位に自信を持ってはいましたが、それは権力を振りかざすという意味ではなくて、平和な世を治めているという誇りです。
そして同時に、帝の家系に生まれたことを少し嫌に思っているようでもありました。
かぐやの心の目に、宮殿での一場面が浮かびます。従者が噂話を伝えてきた時の場面のようでした。
「帝。都から離れた小さい村に、かぐやという名の美しい娘がいるそうでございます。連日男性が詰めかけ、求婚しているのだとか」
帝は大して関心がなさそうな振りをしていましたが、覗き見た心の中は違っていました。
かぐや。光り輝くような名前だ。さぞ美しい娘なのだろうな……。
そして、連日大勢の男に言い寄られて、大変な思いをしているのだろうな。
帝は自分の子どものころを回想していました。次期の帝だという理由で、周りには常に人がいました。彼らが帝と親しくなろうとする理由は、純粋な友情でないことぐらい、帝は早くに悟ってしまっていました。
だから人を信用するまでに、帝は非常に長い時間を有するようになってしまっていました。周りには大勢の人がいても、周りで交わされる会話に参加していても、心の中ではいつも一人ぼっちでいるような気がしていたのです。
帝は会ったことのないかぐやという少女に、自分の過去の姿を重ねていたのでした。