月に帰らない、かぐや姫

Episode3  かぐや姫

トツはケンゾーの帰宅に驚いてしまいました。芝刈りに行ったと思っていた夫が、かごいっぱいの小判と、綺麗な女の赤ん坊を抱えて戻ってきたのですから。

「……こんなに可愛らしい女の子を。捨て子なんでしょうか」

ケンゾーは、見たことそのままをトツに話しました。到底信じられないような話だと自分でも思いましたが、心優しいトツは、ケンゾーの言葉を信じてくれました。

そして女の子を抱えて、不思議そうにその顔を覗きこんでいます。

見つけた時は無我夢中でしたが、ケンゾーも山を下りている間に冷静になり、この女の子はどこから来たんだろうと疑問に思っていました。捨て子……と考えるのが相場だとは思いましたが、では、どうやって継ぎ目のない竹の中に入ったのか? それはいくら考えても分かりません。

「……もしかしたら、私たちの願いが天に届いたのではありませんか?」

トツはひとしきり考えたあと、目に希望の光を浮かべて言いました。

子どもが欲しい、貧乏なままでどうしよう。そう思っていた夫婦を天が憐れんで、女の赤ちゃんと、たくさんの小判を与えてくれたのではないか、と。

ケンゾーも頷きました。天が、自分たちのような小さなものに目を向けてくれるかはわかりませんでしたが、目の前にある不思議な現象を、他に良い方法で説明できなかったのです。

ケンゾーは微笑んでいました。

「それでは、この子は天からの贈り物だな。いただいた小判は、この子のために使うようにしよう。大切に育てないとな」

「はい」

トツも嬉しそうに微笑みました。その笑顔は若い頃とおんなじです。ケンゾーは久しぶりに、トツのこんなにくしゃっとした笑顔を見た気がしました。

こうして、ケンゾーの見つけた不思議な女の子は、ケンゾーとトツの娘として育てられることになり、輝く光、から名前を取って「かぐや」と名付けられました。

 

まだ生まれたばかりに見えたかぐやは、普通の子よりもずっと早く成長しました。

ほんのひと月ほどで身長が倍になったかと思うと、すぐに立ち上がるようになり、すぐに家の周りを歩きまわれるまでになったのです。

そして何より、かぐやは言葉で表すべくもないほど、素直で可愛らしい子でした。

もともとうっすらと茶色い髪の毛は、まっすぐつややかに伸びて、不思議な色に輝く目は、とても賢そうにまんまるです。決して豪華な着物を着ているわけではありませんでしたが、かぐやがいると、その場がぱっと明るく華やいだように感じられました。

「かぐや! 一緒に遊ぼうぜ!」

「かぐや、遊びましょう」

ケンゾーとトツの家には、かぐやと仲良くなろうと思って、毎日たくさんの子どもたちが詰めかけるようになりました。子どもたちはみんな可愛いかぐやと遊びたがり、かぐやが一緒に遊んでくれるとなると、かぐやをお姫様のように大切に扱いました。

ケンゾーとトツは何も心配することなく、遊びにいくかぐやを見送ることができました。かぐやは子どもたちと手を繋いで駆けていって、日暮れまでたっぷり遊んでから帰ってくるのです。

 

「おや、どうしたことだろうか」

ある日暮れに、山から戻ってきたケンゾーは目をしばたきました。

もう辺りは薄暗くなってきているというのに、かぐやが一人で外に出て、ぼんやりと景色を眺めているのです。家を見ると、戸口から明かりが漏れていました。誰もいないわけではないようです。

「トツや」

ケンゾーは、最初に家の中を覗きました。

囲炉裏の温かい火で照らされたそこでは、トツがかまどの火を調節しているところです。いつもと変わらない光景でした。

「はあい」

トツは手をふきふきやってきました。ケンゾーはかぐやのことを聞きました。

「かぐやは、どうして外に座りこんでいるのだね」

「さあ。声をかけても生返事で、ずっとあそこにいるのですよ」

トツも首をかしげたので、ケンゾーはなんだか不思議な気持ちになりました。

夜は冷えますから、このままだと風邪をひいてしまうかもしれません。ケンゾーはかぐやに声をかけようと、暗い外に出ていきました。

ちょっとの間に、外はますます暗くなっていました。かぐやは戸口に背を向けて、まだぼんやりとしゃがみこんでいます。

「かぐや」

名前を呼びました。かぐやははっと肩を揺らして振り返りました。

ケンゾーは、そっとかぐやの隣に並んで腰を下ろしました。そして尋ねます。

「なにを見ているんだね? ずっと寒いところにいると風邪をひいてしまうよ」

「あれを見ていたの」

かぐやが空の上を指さすので、ケンゾーもそれを追って空を見あげました。

夜の空を見上げるなんて、なかなかしないことです。そこには満天の星空と、綺麗な満月が見えました。かぐやの綺麗な指は、まっすぐに月をさしていました。

「あれは、なあに?」

「月というものじゃよ」

「つき?」

「そう。夜の太陽みたいなものだ。太陽が沈むころになると昇ってきて、夜を明るくする。そして不思議なことにね、月は痩せたり太ったりするんだ。今日は一番大きな月を見ているんだよ」

かぐやは月から目を離さないまま、興味深そうにケンゾーの話を聞いていました。ケンゾーはかぐやと話せているのが嬉しくて、もう一つ「そうだ」と思い出した話を付け加えました。

「これは言い伝えなんだがね、月にはウサギが住んでいる、なんていうことも言われているんじゃよ。ほら、月の模様が、もちつきをするウサギのように見えるじゃろう」

風が吹いて、かぐやは曲げた膝の上で頬杖をつきました。

「んー、そうね。でも、月にウサギはいないのよ」

「かぐや?」

ケンゾーは慌てて立ち上がりました。

かぐやは流れるような動作で立ち上がると、何事もなかったかのように「ただいま」と家に入っていきました。取り残されたケンゾーはしかし、感じた違和感を拭うことができません。

月にウサギはいない。そう言ったかぐやは、なんだか雰囲気が違ったような。

もっと、ずっと大人びていて、不思議な空気をまとっていたような。

「お父さん、おうちに入らないの? 風邪ひいちゃうよ」

戸口のすだれが持ち上げられて、かぐやがケンゾーに呼びかけました。いつもと変わらない、明るい娘の笑顔です。さっきの不思議さなど、どこにもありませんでした。

「ああ、今行くよ」

きっと、さっきのは思い過ごしだったんだろう。かぐやは不思議な月が気になっただけだったんだ。

ケンゾーはゆっくりと家に入っていきました。