月に帰らない、かぐや姫

Episode19  お・も・て・な・し

月の人々は武器を取りました。

体を特別な薄い服で包み、どんな刀も、どんな矢も、彼らを傷つけることができないようにしました。そして手には、レーザー光線で敵を焼く銃や、硬い鉄さえも簡単に切ることができる剣を持ちました。

「地球に捕らわれたルチェリ様を救出するのだ!」

「オオーー!!!!!」

大臣の掛け声に、人々は握った武器を振り上げました。

急ピッチで作られたいくつもの宇宙船が、次々に地球へと飛び立っていきます。

 

一方地球でも、月の人の襲来に向けて準備が整えられていました。

「それは、あっちに運んで頂戴。お花はここで大丈夫かしら?」

「かぐや様、こちらの準備は整いましてございます」

「ありがとう。すぐに見に行くわ」

かぐやは忙しく指示を出し、召使いの報告を受けて、宮廷のあちこちの様子を自分の目で確かめに行きます。

自分が作り上げたものは、人に作業を任せたぶんも、最後は自分で出来栄えを確かめなければ気が済まない。できるだけ完璧な状態にしたい。それはかぐやが月の遺伝子から受け継いだ、数少ない気質です。

時刻は日が沈みかける頃。今夜は満月です。

帝がやってきました。

「かぐや。言われた通りにやっているが……。本当に大丈夫なのか?」

「あら。ミカド様。とってもお似合いよ」

かぐやは帝の質問には答えず、まず帝の服を褒めました。

帝はこんな時に限って、いちばんきちんとした着物を着ていました。それもかぐやの指示です。

とっときの正装には、飾りの刀はさしますが、およそ鎧らしいものも、実用的な剣も見につけることができません。かぐやを信頼している帝でも、さすがに少し不安が残りました。

帝の不安そうな顔を見て、かぐやは「大丈夫よ」と気安く肩を叩きました。

「大丈夫。私を信じて。そして、あんまり不安に押し潰されそうにならないで。大切なのは、心から敵意を見せないことよ。月の人は、相手の感情に敏感なの」

月の人は、地球の住人の心を読むことくらい、容易くできます。表情や声音、人が相手の感情を図る時に手がかりにするものにも、地球人よりよく気が付きます。

月の人と向かい合う時は、自分に自信を持って、背筋を伸ばしていることが何より大切なのです。かぐやがここ数日の間、準備をしている時に、たくさんの人に、何度も何度も言い続けてきたことでした。

「こちらも準備が整いました」

「分かったわ」

かぐやは最後に、帝と一緒に宮廷のあちこちを見て回りました。どこも準備が整っており、何も不備はないように思われます。

自分たちの控え場所へと戻る道すがら、たくさんの召使いたちが居並んで、かぐやと帝を先へ通しました。

かぐやは召使いたちに、こう言い聞かせながら通り過ぎました。

「いい? 大切なのは心よ。心から相手方をお迎えして。これ以上の御客人はいないというぐらい、丁寧に接するのよ。丁寧さは相手に伝わるわ。丁寧さが大事なの」

その声は凛と張って、みんなの不安を拭い去る強さを持っていました。

召使いたちは安心して、各々の居場所で待機することができました。

西の空がどんどん群青色に塗りつぶされていきます。東の空から、青白い満月が顔を出しはじめました。

山の向こうから満月が完全に姿を現した時、月がきらりと眩しい光を放ちました。

光の正体は、たくさんの宇宙船でした。白くて四角い宇宙船が十四機、宮廷へ向かって飛んできます。そこにはもちろん、武器と防具をつけた月の住人たちが満載していました。

「……すごい……」

近づいてくる機影を見て、召使いたちは再び感嘆しました。何しろ、まだ車もない時代です。人が空を飛んで移動できる機械があるなんて、地球人にとってはあまりにも偉大な考え方過ぎました。

近づいてくる姿だけで圧倒されてしまいそうです。あの眩しい光で、また誰もが動けなくなってしまいそうでした。

けれど、召使いたちにはかぐやがいます。誰も言葉を発する余裕などありませんでしたが、みんながかぐやから掛けられた言葉を支えにしていました。

あの凛とした強い声を思い出すだけで、体の底から勇気が湧いてくるような気がします。

白い宇宙船は、表門前の広場に次々と着陸しました。ハッチが開き、中から銃を手にした美しい人々が、一人、また一人と下りてきます。今回は誰も、地球に合わせた格好をしてはいませんでした。体にぴったりと合う白い戦闘スーツに、白い銃を構えています。

先頭の機体から下りた大臣は、門にいた召使いに申しました。

「ルチェア様をお迎えに参った。道をあけてもらおう」

大臣の口調は威圧的で、心を強く持っている人でなければ、腰砕けになって、思わずひれ伏してしまうほどの力です。

ですが、かぐやを支えにする召使いたちは屈しませんでした。

緊張に息を吐き、そして丁寧に一礼します。かぐやと打ち合わせた通りに。

「大臣様。月の皆さま。このたびは我らが宮廷にお越し下さり、まことにありがとうございます」

「なんだと」

大臣は目を剥いて驚きました。自分の威圧で、地球の人間など一瞬で思い通りにできると思っていたからです。

驚く大臣をよそに、召使いは門番に合図を送りました。門番はこれまたかぐやと打ち合わせた通り、ゆっくりと、おごそかに見えるように、門を開け放っていきました。

「どうぞこちらへ。おもてなしの用意が整ってございます」

案内役の召使いが二人、大臣の先頭に立って進みはじめました。

前庭に足を踏み入れた大臣は、思わず「なんだ、これは」と息を呑みます。

前庭は、緑色の植物で覆い尽くされていたのです! 大臣のあとに続く月の人たちも、それぞれに感嘆の声を上げました。

背の高い葉、地面に沿って広がるように葉をつけるもの、桃色の花を咲かせるもの。前庭は植物で覆い尽くされ、その隙間を縫って、池のあるのが見えるようになっていました。池には水の流れが作られていて、耳に心地よい音が流れてきます。

月に水はありません。月の人々は水を見るのが初めてでしたし、水流の心地良い音は、なんとも心をなごませてくれました。

召使いは、あえて遠回りする小道を選んで案内し、みんなが庭を長く見て回れるようにしました。その後宮殿の廊下に上がったのですが、ここもまた遠回りです。

大広間にたどり着くまで、様々な景色を楽しめるように工夫されていました。

部屋の障子のほとんどは閉まっていました。その奥には、大臣たち、女御たちなど、宮廷に暮らす人々が息をひそめています。誰もが木を張り詰めていましたが、同時に誰も、敵意を発しないようにと言われていました。ただただやってきた珍しい客人を歓迎し、彼らがくつろいだ気分になれるような(召使いたちは、本当に月の人がくつろいだ気分になってくれるのか、まるで分かっていませんでしたが)空気を創り出そうとしていたのです。

彼らの努力は、月の人たちに確かな影響を与えていました。みなは銃を携えたままでしたが、団体の誰も、取って撃つようなことはありません。大臣の指示を待っているのと同時に、ほとんどの人は銃を持っていることを忘れていました。宮廷の丁寧で落ち着いた空気と、もの珍しい景色に見入っていたからです。

「どうぞ、こちらにお入りくださいませ」

宮廷の中を遠回りしたあと、長い列の先頭はようやく大広間に到着しました。そこはすべてのふすまが外されて、とても長い大部屋が出来上がっていました。そして、数えきれないほど大勢の人のぶんの、晩餐の用意がされていたのです!

大臣は大広間の前で立ち尽くしてしまいました。広間にはずらりと見慣れない料理が並んでいる上に、椅子らしいものが見当たらなかったからです。

広間にはもちろん座布団が用意してありましたが、月の人には、それが座るものに見えなかったのです。

椅子もないところに、一体どうやって座れというのか? 大臣は困惑してしまいました。

ちょうどその時、大広間の向こうから声がしました。

「大臣様。来ていただけて嬉しいわ」

それは間違いなくかぐやの声でした。広間の奥が開いて、美しい着物に身を包んだかぐやと、きちんと正装した帝が現れます。大臣と、そのすぐ後ろを歩いていた月の人の何人かは、すっかり地球人らしくなっているかぐやを見てざわめきました。

かぐやは臆することなく、軽く手を広げて言います。

「皆さんのために、ささやかだけれど歓迎の席を用意したの。どうぞお入りになって。みんなで夕食をいただきましょう」

かぐやと帝は手本を見せるかのように、上座に用意されたそれぞれの席に近づきました。そして座布団ににじり寄るようにして上がり、皿を前にしてきちんと正座をします。上座と、大臣が立っている広場の端はけっこうな距離がありましたが、目の強い大臣には、かぐやの動作がよく見えました。

「……」

地球人の肉体を持っているとはいえ、かぐやは月の王となる者。そんな彼女の命に従わないわけにはいきません。

どこかに武器を持った者がひそんでいるやもしれない。

警戒心を捨てないまま、大臣はゆっくりと広間に入っていきました。

後ろに続く月の人たちも、大臣と同じようにしました。そして大臣に倣って、座布団の上にきちんと正座をしたのです。月の人々はあまりにも大所帯だったために、さすがの大広間にも全員は収まり切りませんでした。それで中庭も解放されて、入れなかった人たちのために、そこに席が用意されました。

大臣はいちばん上座に近い場所に座ることができました。それで「いただきます」の挨拶が地球流に交わされてすぐ、かぐやに声をかけました。

「ルチェア様。我らは貴女様をお迎えに上がったのでございます。父王はお亡くなりになられました。この状況がお分かりですか」

食事などしている場合ではない、いや、そもそも下等な地球の料理など、口に合うものか。大臣の考えはそのままかぐやに伝わりました。

大臣だけではありません。初めて見る料理ばかりでしたので、席につく月の人、全員が途方に暮れていました。彼らは箸も初めて見たものですから、最初はそれが食べるための道具だと気付かなかったほどです。

かぐやはこれまた手本を見せるかのように、箸で米を一口ぶんつかんで食べ、みそ汁を上品に飲みました。

そしてのんびりした口調で言います。

「ねえ、大臣様。時間はたっぷりあるのよ。そんなにせっかちに話を進めなくても良いんじゃないかしら。

こんなにたくさんの人が地球に来てくれたんですもの。私、皆さんに紹介したいことがいろいろあるのよ」

そしてタイの焼いたのを小さくほぐし、口に入れます。月の人の何人かが、かぐやの食べ方を真似しました。

料理の食べ方がさざ波のように広がりました。かぐやの食べ方に合わせ、近くの人が真似をして、それをさらに隣の者が真似していきます。

そんな具合で、月の人たちはその場でなんとか箸の使い方を覚え、魚の身のほぐし方を知りました。タイを一口飲みこんだ者は、口々にこう言ってしまいました。

「味付けが濃い。今までに食べたことのない味だ」

月の人は地球人に比べて、感覚が鋭敏にできているのです。月は空気が薄いから、匂いをかぐのにも、味を感じるのにも、地球より繊細な感覚が必要なのでした。タイには塩味がついていましたが、これは月の人たちにとってはとても濃く感じられます。こんなに濃い味付けは皆が初めてでしたし、月に塩という調味料はありませんから、誰もがこの味を珍しがりました。

一方、かぐやと帝にとっては、今日の晩餐はすべて味付けが薄めに作られていました。かぐやは月の人たちの舌がより味を感じ取りやすくできていることに気づいていたからです。ですが、おかげでタイ本来の味わいが楽しめると思って、それぞれに舌鼓を打っていました。

広間のあちこちで、ぽつぽつと話し声が起き始めました。

「ルチェア様。地球は暮らしづらくはないのですか」

誰かがかぐやに質問を投げかけます。

勝手にしゃべるでない、と、大臣は厳しい目を向けましたが、かぐやは気にせず答えてやりました。

「地球はとっても住みやすいところよ。親切な人がいっぱいいるの。それにね、私たちのように二本足で歩くものの他にも、たくさんの生き物がいるのよ」

夜なので実物を見せられないのが残念でしたが、かぐやは鳥や、犬や猫の説明をしてやりました。朝になるとチュンチュン鳴いたり、水遊びをしに池へやってきたりする。犬は飛びついて来てとてもかわいい。猫は気ままにすましている……。

晩餐が終わると、かぐやはいの一番に立ち上がりました。

「昼間じゃないのが残念だけれど、みんなに見せたいものがあるの!」

言うが早いか、大臣の手を取って立ち上がらせ、広間を駆けだしていきます。大臣は抗う間もありませんでした。

月の人たちは、慌ててかぐやと大臣のあとを追いかけました。

 

かぐやは城の前庭に出ていきました。

満月は空の高みまで上がり、星空が綺麗に見えました。静まった池には、まんまるい月が映り込んでいます。

「月が二つある」

誰かがびっくりしたように言いました。

かぐやは集まった月の人たちに向けて、両手を広げて説明しました!

「土の匂いを嗅いでみて! すごく濃厚な香りでしょう? 土にはね、たくさんの栄養が入っているの。その栄養を使って、この緑色の植物たちが育つのよ。植物にもいろんな形や高さがあるの。花をつけるものはいろんな色があって、とっても綺麗だわ。それに、この空!」

一同の目が、一斉に夜空に向きます。かぐやは説明を続けました。

「昼間は太陽が上がって、空が透き通った水色になるのよ! 白い雲が流れて行って、すごくのんびりした気分になれるの。太陽が沈む時には、空がオレンジ色に光るのよ。そして夜は、こういうふうに宇宙が見えるの。ほら、あれが月よ。地球からみると、貴方たちの国はあんなに遠くなの。でも私たち、宇宙の中ではいちばん近所の世界どうしなのよ」

かぐやは自分が感じた地球の素晴らしさを、飾ることなく、そのままみんなに伝えました。説明を聞く間に、何人かの目がきらきらと輝きはじめるのが見えました。感嘆の溜め息をつく人がいました。

銃をしまう人がいました。

 

真夜中頃、月の一団は自分たちの宇宙船に乗って、月へと帰っていきました。

宇宙船にかぐやは乗っていませんでした。