「どうしよう。また私を連れ戻しに来る気だわ」
受け取った文を眺めて、かぐやは頭を抱えました。
隣から文をのぞきこむ帝も、眉根を寄せます。
「懲りない奴らだな。かぐやは誰にも渡さぬと言っておるのに」
「彼ら、きっと今度は武器を使うわよ。どうやって帰ってもらえば良いかしら?」
かぐやは必死に頭を悩ませました。月には強大な武器がたくさんあります。かぐやを連れ去るように保護して、そのまま地球を破壊――。そういう道筋だって、充分ありえるのです。
かぐやは地球が大好きでした。月にはない、美しい地球の景色を、誰にも壊されたくないと思いました。
ですが、一体どうやって立ち向かえば良いのでしょう? 「物騒な者を配置しないこと」と手紙に書いてありますし、先の迎えを見るに、地球の武士は、月の人相手に戦えません。いくら人数をそろえようとも、それは分かっていることです。
でも、何をしないままでいれば、月側の言う通りに帰らなくてはならないし……。
「帝。皇后さま」
その時、障子の向こう側から声がしました。陽光に透けて見える影は、かしこまった召使いのものです。かぐやは「どうぞ」と声を発しました。
障子が開いて、召使いが姿を現します。丁寧に頭を下げて申しました。
「月よりの使者がお見えになっております。かぐや様宛の文を持ってきたのだとか」
「通しなさい」
宮廷らしい物言いも、少しずつ身についていました。
かぐやがきりりとした口調で指示を出すと、召使いは正座のまま、少し後退して道を譲りました。
通路を歩く足音がして、背の高い影が部屋に入ってきました。
おそらく慣れていないのでしょう。影はとてもぎこちない様子で正座をすると、両手をついてかぐやと帝に礼をしました。
顔を上げると、端整な面持ち。地球人より色白で顎の尖った顔は、月の住人のものでした。
「ルチェア様。ご機嫌麗しゅう」
「要件を申しなさい」
型通りの挨拶から入ろうとした使者を、かぐやはぴしゃりと遮りました。
使者は気を悪くしたふうもなく、淡々と本題に入ります。
「大臣からお手紙を預かって御座います。至急、ご覧いただきたく」
白く長方形に畳まれた紙を差し出されました。かぐやが受け取ろうと手を伸ばしかけた時、帝がかぐやを止めました。
「わたしが受け取る」
「え?」
「そのままそなたが連れていかれるかもしれないでろう」
帝は本気でかぐやを心配していました。かぐやは帝の気持ちに寄りかからせてもらうことにしました。
滅多にないことですが、帝自らが文を受け取り、それをかぐやに渡しました。かぐやは封を切り、中を改めます。
「え……!」
かぐやは絶句しました。
そこにはこう記されていました。
もう一つ、ルチェア様にお伝えしておかなければならないことがございます。
先日、御父上である月の王が崩御されました。ルチェア様を再び月へお迎えしたいとは、亡き父上の願いでもあります。
どうぞ理性ある対応を願いたいものです。
大臣
「お父様が……」
かぐやは手紙を二度読んで、それから帝に渡しました。文はかぐやに合わせ、地球の言葉で記されていましたので、帝も内容を読むことができました。
帝はかぐやを見つめました。
「なんということだ。それではかぐや。お前はこの国を治める皇后であると同時に、月の世界の王でもあるのか!」
「私、月の王位なんかいらないわ。誰か他の人がやれば良いのよ」
正直な気持ちを洩らすと、使者が「失礼ですが」と口を挟みました。
「ルチェア様ご存じのように、月には王位継承のルールがございます。決められた血筋の者しか、王になることはできません」
「そんなことは分かってるわよ」
かぐやはぷりぷりして言い返しました。
ともかく、何か返事を書かなければなりません。かぐやは召使いに文机と筆記用具を持ってこさせ、返事を書くために紙を広げました。
「うーん」
何も良い返事が浮かびません。筆はすずりに置かれたまま。かぐやは頬杖をついたままです。
すると、召使いが月の使者のために、お茶とお菓子を用意してやってきました。手紙を運んできた使者をもてなすのは、受け取った側の礼儀です。
「結構、地球のものは口に合いませんから」
運ばれて来たお菓子はかぐやの大好物でした。けれど月の使者は、地球のお菓子を見るなりいらないと言います。
「食わず嫌いをしないで、一口でも食べれ見れば良いのに」
見かねたかぐやが言うと――かぐやの機嫌をあまりに損ねてはならないと思ったのでしょう。使者はしぶしぶといった様子で、菓子を小さく口に含みました。
思ったより美味しい。
使者の心が動いたことを、かぐやはその目の輝きから読み取りました。
しかし、使者はすぐに冷静になったのでしょう。下等な地球の食い物に心を動かされるなど、月の人間としての恥。菓子の一口はとても美味だったが、ここで二口三口と頬張るわけにはいかない。使者は理性的な顔をしました。
これがかぐやのヒントになりました。
「そうだわ!」
かぐやは急に声を上げ、力強く筆をとりました。墨をいっぱいつけて、さらさらと返事をしたためていきます。
「何か、得策でも思いついたのか!」
帝が記されていく返事を覗きこみました。かぐやは「あとで詳しく話すわ」とだけ言って、返事を完成させてしまいます。
墨が乾くのを待って、かぐやの書いた返事は月の使者に託されました。死者は小型の宇宙船に乗り、月へと帰ってきます。
それを見送りながら、かぐやは満足そうに微笑みました。
私の手紙を読んだら、みんなどんな予想をするかしら。
大臣様
かぐやです。お手紙拝読しました。
父が亡くなったのは残念なことです。ですが同時に、私にはもう一人父がいます。
私の両親は地球に暮らす、ケンゾー父さんとトツ母さんだと思っています。私の居場所は地球です。
私を連れ戻しに来るのであれば、ぜひもう一度地球へいらしてください。
こちらにも相応の用意があります。
かぐや