月に帰らない、かぐや姫

Episode18  誤解を解く

「どうしよう。また私を連れ戻しに来る気だわ」

受け取った文を眺めて、かぐやは頭を抱えました。

隣から文をのぞきこむ帝も、眉根を寄せます。

「懲りない奴らだな。かぐやは誰にも渡さぬと言っておるのに」

「彼ら、きっと今度は武器を使うわよ。どうやって帰ってもらえば良いかしら?」

かぐやは必死に頭を悩ませました。月には強大な武器がたくさんあります。かぐやを連れ去るように保護して、そのまま地球を破壊――。そういう道筋だって、充分ありえるのです。

かぐやは地球が大好きでした。月にはない、美しい地球の景色を、誰にも壊されたくないと思いました。

ですが、一体どうやって立ち向かえば良いのでしょう? 「物騒な者を配置しないこと」と手紙に書いてありますし、先の迎えを見るに、地球の武士は、月の人相手に戦えません。いくら人数をそろえようとも、それは分かっていることです。

でも、何をしないままでいれば、月側の言う通りに帰らなくてはならないし……。

「帝。皇后さま」

その時、障子の向こう側から声がしました。陽光に透けて見える影は、かしこまった召使いのものです。かぐやは「どうぞ」と声を発しました。

障子が開いて、召使いが姿を現します。丁寧に頭を下げて申しました。

「月よりの使者がお見えになっております。かぐや様宛の文を持ってきたのだとか」

「通しなさい」

宮廷らしい物言いも、少しずつ身についていました。

かぐやがきりりとした口調で指示を出すと、召使いは正座のまま、少し後退して道を譲りました。

通路を歩く足音がして、背の高い影が部屋に入ってきました。

おそらく慣れていないのでしょう。影はとてもぎこちない様子で正座をすると、両手をついてかぐやと帝に礼をしました。

顔を上げると、端整な面持ち。地球人より色白で顎の尖った顔は、月の住人のものでした。

「ルチェア様。ご機嫌麗しゅう」

「要件を申しなさい」

型通りの挨拶から入ろうとした使者を、かぐやはぴしゃりと遮りました。

使者は気を悪くしたふうもなく、淡々と本題に入ります。

「大臣からお手紙を預かって御座います。至急、ご覧いただきたく」

白く長方形に畳まれた紙を差し出されました。かぐやが受け取ろうと手を伸ばしかけた時、帝がかぐやを止めました。

「わたしが受け取る」

「え?」

「そのままそなたが連れていかれるかもしれないでろう」

帝は本気でかぐやを心配していました。かぐやは帝の気持ちに寄りかからせてもらうことにしました。

滅多にないことですが、帝自らが文を受け取り、それをかぐやに渡しました。かぐやは封を切り、中を改めます。

「え……!」

かぐやは絶句しました。

そこにはこう記されていました。

 

もう一つ、ルチェア様にお伝えしておかなければならないことがございます。

先日、御父上である月の王が崩御されました。ルチェア様を再び月へお迎えしたいとは、亡き父上の願いでもあります。

どうぞ理性ある対応を願いたいものです。

大臣

 

「お父様が……」

かぐやは手紙を二度読んで、それから帝に渡しました。文はかぐやに合わせ、地球の言葉で記されていましたので、帝も内容を読むことができました。

帝はかぐやを見つめました。

「なんということだ。それではかぐや。お前はこの国を治める皇后であると同時に、月の世界の王でもあるのか!」

「私、月の王位なんかいらないわ。誰か他の人がやれば良いのよ」

正直な気持ちを洩らすと、使者が「失礼ですが」と口を挟みました。

「ルチェア様ご存じのように、月には王位継承のルールがございます。決められた血筋の者しか、王になることはできません」

「そんなことは分かってるわよ」

かぐやはぷりぷりして言い返しました。

ともかく、何か返事を書かなければなりません。かぐやは召使いに文机と筆記用具を持ってこさせ、返事を書くために紙を広げました。

「うーん」

何も良い返事が浮かびません。筆はすずりに置かれたまま。かぐやは頬杖をついたままです。

すると、召使いが月の使者のために、お茶とお菓子を用意してやってきました。手紙を運んできた使者をもてなすのは、受け取った側の礼儀です。

「結構、地球のものは口に合いませんから」

運ばれて来たお菓子はかぐやの大好物でした。けれど月の使者は、地球のお菓子を見るなりいらないと言います。

「食わず嫌いをしないで、一口でも食べれ見れば良いのに」

見かねたかぐやが言うと――かぐやの機嫌をあまりに損ねてはならないと思ったのでしょう。使者はしぶしぶといった様子で、菓子を小さく口に含みました。

思ったより美味しい。

使者の心が動いたことを、かぐやはその目の輝きから読み取りました。

しかし、使者はすぐに冷静になったのでしょう。下等な地球の食い物に心を動かされるなど、月の人間としての恥。菓子の一口はとても美味だったが、ここで二口三口と頬張るわけにはいかない。使者は理性的な顔をしました。

これがかぐやのヒントになりました。

「そうだわ!」

かぐやは急に声を上げ、力強く筆をとりました。墨をいっぱいつけて、さらさらと返事をしたためていきます。

「何か、得策でも思いついたのか!」

帝が記されていく返事を覗きこみました。かぐやは「あとで詳しく話すわ」とだけ言って、返事を完成させてしまいます。

墨が乾くのを待って、かぐやの書いた返事は月の使者に託されました。死者は小型の宇宙船に乗り、月へと帰ってきます。

それを見送りながら、かぐやは満足そうに微笑みました。

私の手紙を読んだら、みんなどんな予想をするかしら。

 

大臣様

 

かぐやです。お手紙拝読しました。

父が亡くなったのは残念なことです。ですが同時に、私にはもう一人父がいます。

私の両親は地球に暮らす、ケンゾー父さんとトツ母さんだと思っています。私の居場所は地球です。

私を連れ戻しに来るのであれば、ぜひもう一度地球へいらしてください。

こちらにも相応の用意があります。

かぐや