月に帰らない、かぐや姫

Episode17  手紙

かぐやの尽力のおかげで、国は大変変わりました。

帝は、もっと庶民の意見を拾うべく、「目安箱」というものを考え付いて、全国の国分寺と国分尼寺に置きました。これらのお寺は東大寺・法華寺の分社ですから、全国に設置されています。そこに目安箱を置いて、積極的に人の意見を集めることで、もっと良い国づくりをしようとしたのです。

同時にかぐやの意見から、もっと多くの民に読み書きを習わせようと、「寺子屋」なるものが創られました。かぐやはケンゾーとトツに育てられましたから、最初の頃は字が読めなかったのです。

寺子屋ではでは子供を中心に、読み、書き、計算を教えるのです。教師役は、帝本人が面接をして決めた大臣や貴族を派遣しました。自分の地位を誇らない、平等なものの見方を備えた人を選ぶように努めました。子供に読み書きを教えることで、子供が家でそれを家族に話すでしょう。そうすれば、大人にも文字の読める人が増えるようになっていきます。

年貢の納め方も見直しました。いくつかの農村を回った時点で、帝は土地ごとに土の質が違うこと、生育に向いている作物がそれぞれあること、納める年貢が家計を圧迫していることに気が付いたのです。そこで役人に土地の広さを計算させ、作物を計量するマスの大きさを統一させ、単位の目安も均一にしました。世話しきれないほどの土地を持っている者からは、手が行き届かないぶんの土地を国に返してもらい、それを狭すぎる土地しかない人に分配しました。納める年貢の量は畑の広さからすべて計算し、土地が向いていないところでは、米以外の作物を自由に選び、それを納めて良いこととしました。

庶民はみるみるうちに豊かになっていきました。重すぎる年貢が、余裕をもって負担できる量に変わったのです。畑仕事をする時間が減りました。おまけに文字が読めるようになったので、空いた時間を楽しく過ごすための娯楽として、貴族の間だけではやっていた遊びや書物が、庶民の間にも流れるようになりました。

海辺の子どもたちは、浜辺から貝殻を拾ってきては絵を描いて貝合わせ(神経衰弱みたいな遊び)をしましたし、村に一つ、物語の巻物があると、それが近所中に貸し渡されて、たくさんの人の目に触れました。作家たちはこぞって気合いを入れて、さらなる面白い物語を追求しました。

物語の中にはかぐやを題材にしたものも混ざっていました。竹から生まれた美しい少女が、国をよりよく変えていくという話です。物語に登場したことで、みんなはますますかぐやのことを尊敬し、かぐやのことが大好きになっていきました。

前置きが長くなりましたが、ある事件が起きたのは、そんな発展のただなかにあった頃なのです。

あるうららかな春の日、帝は私室で書類に目を通していました。

すると廊下からばたばたと走ってくる音がして、声がけもなく、いきなりふすまが開かれたのです。

帝に対してこんなことをする者は、かぐやの他にありません。私室にやってきたのは、果たしてかぐやでした。

「どうしたね、かぐや」

息せき切って現れたかぐやを見るなり、帝は穏やかにそう尋ねました。かぐやは何かあるたび、こういうふうに駆けてきます。ただ帝に飛びつきたいだけの時も、何か嬉しい知らせがあった時も。

ですが今日ばかりは、少し様子が違っていました。かぐやの表情が深刻なのです。かぐやは滅多にそんな顔をしません。帝は慌てて立ち上がりました。

「何かあったのか!」

「あ、あのね。今、部屋の窓に……」

差し出された手を見ると、そこにはつるりとした紙片が握りしめられていました。帝はそれを受け取って広げました。

果たして、これが本当に紙なのでしょうか? 帝にはまずそれが信じられませんでした。かぐやから渡された紙は、帝が慣れ親しんだ和紙ではないようです。もっと目の詰まってしっかりし、さらに絹のようにつるりとした肌触りでした。

なんだか嫌な予感がしました。

初めて触れる紙ではありましたが、記されていたのは見慣れた毛筆の字です。帝は内容を声に出して読み上げました。

「地球 和の国を統べる帝へ

初めて文を差し上げる。我は月の国の大臣である。

現在、我らが国王、つまりはルチェア様の御父上は、彼女の帰って来ないことによって体調を崩しておられる。ルチェア様のご帰還を所望しておられる。

先日はルチェア様が帰還を断られたとのことだが、我らにとっては国王の命の方が上である。

つまりは、もう一度ルチェア様へお迎えを遣わす。

ルチェア様が抵抗される場合は、我らにも用意がある。

これぐれも先のように、物騒な者どもを配置したりしないように。」

「これは」

帝は文から顔を上げ、呆然とかぐやを見ました。かぐやの顔は真っ青でした。

「どうしよう。諦めてくれたと思っていたのに!」

その頃月では、こんなことが起こっていたのです。

 

 

真っ白な寝室。相変わらず、中央の寝台には月の世界の王、かぐやの父が横たわっています。

部屋には付き添う医師の他に、報告に来ている使者の者がおりました。

「ご報告申し上げます。我らは地球へ赴き、ルチェア様を発見いたしました」

床に片膝をついて、使者は言葉を選びながら報告していきます。ルチェアを発見した、と聞いた途端に、王は弱々しい声で「おお」と喜びを表しました。

「そ、それで。ルチェアは。ルチェアは元気だったか! もちろん、ここに戻ってきたのだろうな?」

少し声を弾ませます。使者はどう答えたものかと、少し言いよどみました。

けれど、真実を伝えないわけにはいきません。王の反応がどういうものであったとしても、嘘をついてぬか喜びさせるよりは正直だろう。そう割り切ることにしました。

使者は感情を抑えてこう言いました。

「ルチェア様はお元気そうでした。地球では『かぐや』という名で育ってきたようです。ですが、ルチェア様は大変地球が気に入っておられる様子で……その。月への帰還を拒まれたのです」

「な……!」

王が息を呑む音は、広い部屋に大きく響きました。使者はあったことをそのまま報告しました。「ありのままを報告せよ」。使者が話し始める前に、王に言われたことを忠実に守ったのです。

「ルチェア様は、使者の薬を地面に捨て、天の羽衣を破り捨てました。羽衣は破れてしまっては、記憶を修正する効果を発揮することができません。我々は手ぶらで帰ってくるしか方法がありませんでした」

「そんな……ルチェア……」

王はショックを受けているようでした。顔を上げて様子を見ると、呆然と中空を見あげて黙り込んでいます。

見かねた医師が、王と使者との間に割って入りました。

「お疲れ様です。ですが、これ以上は。陛下の体調に影響が出ると思います」

「かしこまりました」

使者は退出の気配を察し、素直に一礼して立ち去りました。

「ああ……ルチェア……」

王はしわの増えた両手で顔を覆いました。医師は王の容態を心配しながら、それを横に付きそって見ていました。

「ルチェア。わしが悪かったというのか。可愛いお前に罰を与えた、わしのやり方が」

 

王は後悔のうちに弱りはて、ついに命を落としてしまいました。

月の世界は非常な混乱を見せました。

崩御の知らせは一瞬で世界中に伝わり、人々が宮殿へ押し寄せました。城の者たちは大規模な葬儀の準備を整え、葬儀には、駆け付けられるだけの国民が全員姿を見せました。

そしてそこで初めて、人々にルチェアの所在が明らかにされたのです。

告別式の場で、大臣が皆に知らせることがあると言いました。

「偉大なる陛下の一人娘、ルチェア様は、かねてより地球に興味を持っておられました。そして禁を冒した罰として、下等な地球での転生を余儀なくされたのです。

次代の王となるべきは、このルチェア様。我々はルチェア様を月へお迎えするために、今、立ち上がらなければなりません」

月の世界には、王族と平民の厳格な身分差があります。月の世界を担う王となれるのは、決まった血筋の者のみと決められているのです。ですから王亡きいま、月の世界を平和に治めていく責務は、かぐやの双肩にかかっているのです。

人々はルチェアのことを心配しました。月の世界には、地球は下等で、遅れていて、不浄な場所であるという考え方が浸透していましたから、誰もがルチェア王のことを心配しました。仮に罰であるとしても、そんな場所に送られて、そこで生活しなければならなかったなんて、さぞ大変な思いをしていることだろう。

そしてきっと、地球の不浄に疲れはて、月からの迎えを待っているに違いない。

「我々はルチェア様を月にお迎えし、できるだけ早く、即位式を行わなければなりません。ルチェア様は、地球で苦しみにとらわれています。今そこ我らが団結し、ルチェア様をお救いしなければなりません」

大臣の言葉に、集まった国民は湧き立ちました。そしてルチェア様救出計画が立てられたのです。

大臣は、一度迎えに失敗していることを、城の外の者には一切広めませんでした。

そして、戦いをしかけるからには宣戦布告が必要ですから、かぐやと帝へ向けて、先のような短い手紙を送ったのです。