月に帰らない、かぐや姫

Episode16  祝言

月の人は手ぶらで帰り、かぐやは帝とケンゾー、トツ夫婦のもとに残りました。

これで一つの大きな山を越えたということで、宮殿は喜びに湧き立ちました。そして帝は、かぐやに結婚の申し込みをしたのです。

かぐやはもちろんこのお申し出を受け、国中が帝と、美しいかぐやの結婚を祝いました。

執り行われた祝言は大変華やかなものでした。

まず、かぐやの美しさに似合う豪華な花嫁衣裳、祝宴に使う上質な食材やお酒、飾りつけなどをもろもろそろえる為に、およそ一カ月を要しました。そうして行われた祝言と、披露の食事会には、なんと歴代の帝の祝言では最大の、数万人規模の人出があったのです!

帝、祐彦は大変親切な人柄でしたから、庶民からも大変人気がありました。ですから祝言の日とその翌日は、特別に宮殿のほとんどの場所が庶民に向けて解放され、かぐやと帝は、謁見に訪れたたくさんの庶民と、温かい挨拶を交わしました。

一カ月をかけて集められたたくさんの食材で、豪華な料理が何品も何品も作られ、それも庶民に還元されました。大臣、貴族、庶民が大きな同じ部屋に集まって、みんなで同じ料理を食べました。大臣や貴族の中には、庶民を見下している者もありましたが、帝は身分で人を判断しない人間でしたので、皆が帝の対応に合わせ、ともかくも形ばかりは、庶民をも大切に扱いました。

そして同時に、かぐやはただの「美しい人」というだけの印象ではとどまらないほど、大勢の人から好かれる人気者になりました。

今回の一件があったことで、誰もが、「かぐやは月からやってきた人」だということを、信じて疑わなくなりました。そして月から本当に人がやってきたわけですから、月の文明は地球のそれよりもずっと進んでいるのです。

そんな世界から来たかぐやも、きっととても賢いに違いありません。かぐやは皇后になると同時に、帝の治世の強力な助言役になりました。

こうなると、かぐやを疎ましく思う帝の親戚がいそうなものですね。しかし、そんなことにはなりませんでした。それはかぐやの不思議な美しさのせいです。

月の人の魂が放つ光のせいなのか、それともかぐやの心の綺麗さのせいなのか。いわれのない理由でかぐやを疎んじたり、妬ましく思っていた人は、遠目からでもかぐやの姿を一目見ると、たちまちその気をなくしてしまうのです。まるでかぐやが、その人の心の綺麗な部分を強め、親切な人を増やしていくかのようでした。

かぐやは帝とともにどこまでもお供しました。地方の農村を視察に行く時にも、もちろん一緒に牛車に揺られ、一緒に田畑を見て回りました。

「何か、村で困っていることはないだろうか? 年貢と自分の蓄えの均整は取れているか?」

帝は親切にそう聞きました。ですが辺境に住む村人は、帝本人と向かい合っているだけで、あまりにも恐れ多いことだと感じてしまうのです。それで返ってくる答えは、

「いえいえ、ありがてえです。ありがてえです」

という、当たり障りのなさすぎるものでした。どこへ行ってもそうなのです。

そんな時こそ、かぐやの出番がありました。

「ねえ、この畑はちゃんと作物がなるのかしら? せっかく来たんだもの。貴方が心から思っていることを聞かせて欲しいわ」

かぐやは帝について外出する時は、動きやすいように略式の着物を着ていました。その方が動きやすいし、庶民に会った時に親しく話してもらえるからです。この時もそうでした。

かぐやの顔をみた農民は、何か勇気をもらったのでしょう。心を決めたようにすっと息を吸うと、非常に丁寧な口調で、このように申したのです。

「……実は、先月の大雨で、近くの川が氾濫してしまいましたのです。おかげで畑のほとんどが水に浸かり、年貢を納めるとあとはちょっとしか手元に残らないくらいの収穫になりそうで。ここは夏ごろに大雨が降って、春に植えた作物はほとんど駄目になることが多いんですよ」

「ふむ。それは難儀なことだな」

帝はよくよく農民の言葉を聞き、うなずきました。

控えていた書記係に指示を出します。

「備忘に書きつけよ。この村に人をやって、川が氾濫しないように対策を講じるのだ。工事が終わるまでは、ここからの年貢をいつもの半分の量に減らすこと」

「しかと書き止めました、帝」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

農民はひたすらに感謝をして、長いお辞儀で去っていく牛車を見送りました。

「そなたがいると本当に話が進むな。まるで魔法だ」

牛車の中では、帝がしきりとかぐやを褒めていました。かぐやは素直に頬を染めました。

「ミカド様にそう言ってもらえるなんて、私とても嬉しいわ」

「人から本音を引き出す、コツのようなものを知っているのではないのか?」

秘密があるならばぜひ教えて欲しいと、帝は身を乗り出します。しかしかぐやは肩をすくめました。

「別に術をかけているわけではないのよ。そういうのは陰陽師の仕事でしょう。私はただ、その人のあるがままの姿を見ているだけよ。本当は誰にも身分の差なんてなくて、みんなが自由にものを言えるはずなんだから」

「……ほう」

人は平等であるという視点を持つことなのだろうか? 帝にはよく分かりませんでした。

でも、分かることはが一つだけあります。

「何をしていても、そなたは本当に可愛らしいな」

かぐやを見るたび、いつもそう思ってしまうのです。