月に帰らない、かぐや姫

Episode14  かぐやを守れ

ミカド様へ

 

かぐやです。

寒くなってきたけれど、そちらはいかがお過ごしですか? 私は元気に過ごしていてよ。

ねえ、また会ってお話したいの。とても大事な話があるのよ。そして、できるだけ急がなければ駄目なの。とても手紙に書くには長すぎるわ。どうか早く会いにきて。

 

 

 

かぐやが帝に宛てて書いた手紙は、すぐに召使いの手によって帝本人に渡されました。そして帝はその日の午後には、煩雑な公務を他の者たちに任せて、急ぎでかぐやのもとへやってきました。

かぐやの屋敷はものものしい空気に包まれていました。帝が屋敷へ入っていくと、神妙な面持ちのケンゾーとトツが、帝をかぐやのもとへと案内しました。

「ミカドさま!」

部屋に入るなり、かぐやはひしと帝に抱きつきました。重い十二単でそんなに勢いの良い動きをするのは、なかなかに大変なことです。けれど今のかぐやは着物の重さなどなんでもないくらい、帝に――祐彦(さちひこ)に会えて本当にほんとうに嬉しかったのです。

「どうしたのだ、かぐや」

帝はただただ驚くばかりでした。

再会をひとしきり喜んだあと、ケンゾーとトツも部屋に入ってきました。そしてかぐやは自分が思い出したものごとを、再び人に語って聞かせたのです。

技術者の機械でこっそり地球へ来たときの話になると、かぐやは急に口をつぐみました。それから身を乗りだして、帝にだけはっきり聞こえるように言いました。

「ねえ、貴方は祐彦(さちひこ)でしょう? 小さい頃、一度王宮を抜け出したんではなくて?」

言われた帝ははっと目を見開きました。そしてよくよくかぐやの顔を見つめます。古い記憶をたどっていることが、人の心の分かるかぐやには知れました。

帝はちょっとも経たない間に、とても懐かしい顔になりました。

「そなたか! 一緒に野原で遊んだ不思議な子は!」

かぐやは思わず帝の手を強く握りました。

「ええ、そうよ! 私、また貴方に会いにきたの。良い人に育ててもらって、貴方に会うために来たの」

二人の目は同じぐらい輝いていました。光の中に消えていった不思議な女の子が「また貴方に会いに来るわ」と言い残していったことは、帝の中でも印象的だったのです。

「……でも、ここからが大事な話なの」

かぐやは転じて、表情を曇らせました。帝も何事かと、姿勢を正して耳を傾けます。

かぐやは、月でなされた取り決めについて話しました。かぐやは罪びととして地球に送られるが、反省しただろう頃に迎えの一団がくる。かぐやは月へ帰らなければならなくなってしまう。

それを聞いた祐彦は、最初に「そなたはどうしたいのだ?」とかぐやの意思を知ろうとしました。かぐやは強い顔を作りました。

「私、絶対に帰らないわ。貴方に会いに来たんだもの。私、絶対に帰らない。お父様は地球を知らなすぎるのよ、こんなに素晴らしいところなのに……。でもね、月の人たちは無理にでも私を連れて行こうとするはずなの。だから、どうにかして彼らに手ぶらのまま帰ってもらわなくちゃならないわ」

帝は腕を組んで考え込みました。ケンゾーとトツは不安げに顔を見合わせました。誰にも、何をすれば良いのかまるで分からなかったのです。誰にとっても、こんな状況は初めてのものでしたから。

やがて帝は顔を上げ、ケンゾーとトツ、そしてかぐやを眺めわたしました。

「分かった。ともかく、大切なお前を遠くに置いておきたくはない。今日から宮廷に住め。わたしと共に。お二人もかぐやと一緒に暮らせばよろしい」

ケンゾーとトツは顔を輝かせました。帝はかぐやの手を握ると、力強く言います。

「わたしも、お前にもう一度会いたいと思ってきた。二度と別れたくない。必ずお前を守ってみせる。だが月の力には、誰も詳しい者がない。どうか力を貸してくれ。お前を守るために」

「ええ。ありがとう」

かぐやはうれし涙をこらえながら、帝に微笑みかけました。

こうして、かぐやと帝の一団は、急きょ都で暮らすことになったのです。

 

都の巨大な宮殿は、かぐやにとって非常に新鮮な世界でした。

帝に伴われて宮中に入ったかぐやは、たくさんの大臣や高官たちからもてはやされました。かぐやはあまたの男性に求婚されていた頃から、宮中での有名人だったのです。

実際にかぐやを見た大臣たちは、皆がその美しさに魅了されました。そして「月から来ただのと不思議な話を作りあげ、帝をたぶらかしている不届きな娘」と勝手な評価を下していた者でさえ、一瞬でかぐやの見方になったのです。

かぐやには、帝の隣の寝室があてがわれました。ケンゾーとトツには、廊下を行った先の大きな部屋が与えられました。かぐやは毎日帝と一緒に過ごし、一緒に美味しいものを食べ、一緒に月の人々に向きあう対策を考えました。

帝は宮殿に帰りつくとすぐに、かぐやを帰らせずに済む方法を考えるための、特別の話し合いの場を設けました。そこにはかぐやも、衝立の陰から参加しました。

「月の人たちはどのような生活をしているのか?」

「どれほど進んだ技術を持っているのか?」

かぐやに魅了された人々の中に、かぐやの言葉を信じない人はいませんでした。かぐやの持つ不思議な魅力は、人の心を開かせる力を秘めていたのです。それは催眠術ではなくて、何が真実か見極めさせる力を持っているということでした。

かぐやは自分が分かる範囲で、精一杯質問に答えました。月ではすべての建物が白く、雲がないので雨は降らない。作物はみな真っ白で、人の服も真っ白。昼間でも空は暗い。

月は、他の星にも知的生命体がいることを知っている。積極的にそれらの存在と交流をはかることで、とても高度な技術を手に入れた。植物を一瞬で育てたり、自分の好きな形の実をつけさせたり、巨大な建物を一日のうちに建ててしまったり、一瞬で月の裏側まで移動することができたり、などなど。

会議に出た人々は、ただただ驚くばかりでした。そしてかぐやの話を踏まえながら、必死になって対策を考えていったのです。

自分のことですから、かぐやはもちろん誰よりも真剣でした。話し合いの時間でない時でさえ、頭の片隅で必ず何か思いを巡らせていたほどです。

月の人たちは高度なレーザー銃を使います。触れたらひとたまりもないほど熱いエネルギーを発する剣も持っています。できればそれに対抗できるもの、せめて同じ完成度のものを持ちたいのが本音でした。

けれど同時に、かぐやは月の誰よりも地球について詳しいのでした。かぐやは技術を知ってはいましたが、仕組みを説明できるほど詳しくはありません。「レーザー」とは一体どういうモノなのか、どうやって熱エネルギーを閉じこめた剣を作るのか、みんなに分かってもらうように説明することもとても難しいものです。それらが地球で実現されるためには、世界的な発見が何度も繰り返されなければなりません。

それでかぐやは、月の人を相手にほとんど歯が立たないだろうなと知りつつ、大勢の騎馬隊と弓兵、そして剣士たちをそろえるように指示しました。月の人たちは、もちろん月――空の上からやってきますから、兵士たちを屋根の上に配置する必要があります。それが決まると、兵士たちの戦闘訓練は屋根の上で行われるようになりました。足場の悪いところで戦い慣れておこうという算段です。

いろいろのことが決まってしまうまでに、およそ二週間を要していました。かぐやは毎晩のように月を見あげていました。

兵士の配置が定められた会議の日、帝はかぐやの部屋へ入りました。部屋は暗かったですが、かぐやは部屋にいました。窓辺で月を見ていたのです。

「かぐや。もっと暖かい格好をしないと。それかせめて火鉢を焚きなさい。風邪にかかってしまうよ」

帝は小さな背中に優しく声をかけました。かぐやは振り返ることなく「あれを見て」と言います。空の上を指さしていました。

隣に並んで、一緒に夜空を見あげます。すると、月がいつもより輝きを増しているように感じられました。

「まるで小さな太陽のようだな。今日の月は明るい。まだ半月だというのに」

「きっと月からの合図だわ、私、そんな感じがするの。あの人たち、きっとすぐに来るつもりだわ。満月の時を狙うはずよ」

月の力は、太陽の向きによって左右されます。新月の時はエネルギーが一度絶え、まったく新しいものに生まれ変わります。逆に満月の時は、エネルギーが満ちたということで、月は最も強い光と力を発することができるのです。何の根拠もしるしもありませんでしたが、かぐやは彼女の直感から、月の使者がやってくるのは、次の満月なのではないかと思っていました。

帝もかぐやの考えを支持しました。帝はかぐやの肩にそっと手を回して、頬を寄せ合いながら月を見ました。

「ミカド様。私、貴方と一緒にいたいわ」

「わたしもだ、かぐや」

「もしも私が月へ帰ると言ったら、貴方は一緒に来てくれる?」

ふと思いついて、そんなことを尋ねました。帝はちょっとの考える隙もなく「もちろんだ」と答えていました。迷いはありませんでした。

「かぐや。お前を愛している。もしもお前が月へ帰るというのなら、そしてわたしも共に来て欲しいと言うのであれば、わたしはお前のためにどこへでも行こう」

これから何が起ころうとしているのか、誰にも正確に分かる者はありませんでした。