月に帰らない、かぐや姫

Episode13  月の世界

「わしは、間違ったことをしてしまったんだろうか」

真っ白な部屋に、弱々しい老人の声が響きました。

部屋はだだっ広く、真ん中あたりに大きな白い寝台が据えてあります。その寝台に、一人の老人が横たわっていました。

目は開いていますが、きちんとものが見えているのか定かではありません。傍らで様子を見守る医師、そして側に控える召使いたちは、一様に心配そうな顔をしていました。

老人はうわごとのように続けます。

「ああ……ルチェアがいなくなってからというもの、なんの張り合いもなくなってしまった。あれは本当に罰だったのだろうか? わしにとっての罰じゃ」

そうです。寝台に横たわる弱った老人こそ、月の世界を統べる王、かぐやの実の父なのでした。

王妃はかぐやを産んですぐに、弱って亡くなってしまいました。それで王は、ずっとかぐやと二人で暮らしてきたのです。かぐやは聡明で、可愛らしくて、王の心の癒しでした。

地球に関心を持つことを除いては。

自分の娘が、外の世界に――ことに、月より明らかに劣っているだろう地球に――興味関心を持つことを、王は快く思っていませんでした。地球に干渉しないこと、とは、王自身が法律で定めたことなのです。法律を定めた者の娘が、率先して法を冒しているなど、あってはならないことでした。

懲りない娘を分からせるために、王は娘を地球へ転生させたのです。

ですが娘を失ったという気持ちが、以来常に王につきまとうようになりました。

王は日に日に衰弱し、ついに寝台から起き上がることができなくなってしまいました。今では一日に三度運ばれてくる料理も、ほとんど口に入れることができません。

医者はこれ以上、手の施しようがないと思っていましたが、相手が王である以上、さじを投げることなど許されません。それで最近は、ただ寝台に腰かけて、王の話を聞くためだけに往診に来ていました。

医者は穏やかに提案しました。

「陛下、地球ではだいぶ時が経っている頃です。いかがでしょうか。そろそろ姫君を月へ連れ帰って来られるというのは?」

最初、王にこの言葉が聞こえているのか誰にも分かりませんでした。しばらくの間、王は何の反応もしなかったからです。

けれど数秒経った時、かすかに目が大きく見開かれました。

「ルチェアか。わしはまた、あの子に会えるのか?」

医者は何の根拠もないまま、ただ王を励ますために頷きました。

「左様でございますよ、陛下。陛下がご命令を発すれば、すぐにでも迎えの一団が地球へ出発なさることができるでしょう。ご息女の顔をご覧になれば、少しは心の慰めになるのではないでしょうか」

医者は慎重に言葉を選んで言った。王は微かにだが頷いた。

「そうだな。そなたの言う通りだ。正直に言おう、わしはルチェアにした仕打ちを後悔しておる。もう一度あの子に会いたい。月へ帰ってきて欲しい」

メイドは取り急ぎ、ことの次第を大臣たちに伝えました。従順な大臣たちは、すぐに迎えの一団を組織することを約束しました。

城の中でたくさんの動きがありました。豪華な乗り物を用意し、月の食物を調理し、かぐやを月の住人に戻すための、あらゆるものが用意されました。

かぐやを迎えに行くと決まると、王は少し快復の兆しを見せました。まだ寝台から起き上がることはできませんでしたが、枕に背中を預けて座り、きびきびと指示を出して行きます。

ある時、かぐやの侍女の一人が来て言いました。

「陛下。今のルチェア様は、完全に地球人としての肉体をお持ちです。何か月の食物を食べ、月のものに触れて頂かないと、完全に月の住人に戻ることはできません。何を持って行けばよろしいでしょうか?」

王の答えはきっぱりとしていました。

「ものはそなたたちに任せる。だがもう二度と、地球に関心を持つようなことがあってはならぬ。技術者たちを集め、ルチェアに着せるモノに術を施すのじゃ。模範的な月の民と同じように、考え、話し、生活していくようにな」

「かしこまりました」

研究室に、この世のものとは思えないほど薄く、何よりも丈夫な布地が運び込まれました。

術を施された布はますます神秘的に輝きました。これが「天の羽衣」です。