第5章  勇気のいることば

「行ってきます」

居間でリュックを背負うと、朝ごはんの片づけをしていたお母さんがびっくりしたように顔を上げた。

「もう行くの? いつもより早いのね」

「今日は用事があるからさ。じゃあね!」

飛びだすように家を出た。

春になったとはいえ、朝の空気はまだまだ冷えている。私はすぐに冷たくなる頬の痛みに耐えながら、「マスクつけてくれば良かった」と後悔していた。まあ、もう遅いけど。

30分早く家を出て、学校に向けて走る。息が上がってきたら歩く。また走る。頭の中で何度も繰り返し唱えた。昨晩必死で考えた、伝えたいことばを。

見えてきた校門はもう開いていた。私は門を入って昇降口へ向かう。脱ぎ捨てるように靴を履き替えて教室に走った。ためらわないように、言葉を飲みこまないように――。自分に迷う暇を与えない。勢いよく教室の扉を開けた。

静かな朝の教室の中で、麗音が携帯ゲームをやっていた。物音に気付いてこちらを見る。久々にあった視線が眩しくて、私は何も言わずに見惚れてしまいそうだった。麗音の目が驚いたように少し見開かれる。私は「麗音……あのさ」と話しはじめていた。

声は震えていない? 大丈夫? 私の頭はフル回転だ。こんな気恥ずかしいこと、本当に口に出すつもり? 「ごめんね」の一言で済ませられるんじゃない?

ううん、私は言う。そんなかっこつけのプライドなんか。今は気にしてる場合じゃないもの。

はっきりと顔を上げた。

「この間は、ごめん。そして、麗音はもっと前に言ったよね。本音で話がしたいって。だから私、思っていることを伝えに来たの」

麗音は静かに私を見つめている。携帯ゲームは手放さない。でも、もう画面は見ていない。改めて居住まいを正すことはしないけど、ちゃんと聞こうとしてくれている。私にはそれが分かった。

私の本音……受け容れて貰えるだろうか。

足が力を抜きそう。しっかり立ってくれ。

息を吸った。

「最初はただのクラスメイトだと思ってた。喋ってて楽しいし、明るいヤツだなって。でもいろいろあって、一応、付き合うことになって……。一緒にいる時間が増えて、私が気付いてなかったところまで、麗音は良いヤツだって分かった。

大嫌いとか言っちゃったけど、言葉は取り消せないけど、あれは私の本音じゃなかった。私は麗音のこと、好きになってた」

麗音が息を呑む。私はあとを吐き出すように言った。緊張で震える声をもう隠せない。

「だから、できれば仲直りして、また一緒にいさせてもらえないかな。また2人でお昼食べて、一緒に帰って、遊びに行って……」

息をつく。言い切った。すごく勇気のいることだったけど、全部言えた。それだけで肩の荷が下りた気がしていて、私は目に見える景色が透明になったように感じた。

麗音は黙って私を見つめていた。見つめ合ったままnお沈黙。やがて言う。

「ありがとう。……悪い、めちゃびっくりした。何も言えなくて……。色々、俺も悪かったよ。あんな声のかけ方しかできなかったしさ。でも」

言葉を切る。こらえきれなかったように笑顔になった。きらりと見える白い歯。

「バレンタインのクッキー、うまかった」

「強奪したやつなのに食べたんだ!?」

私も思わず笑う。麗音は笑い声を立てた。

春の太陽が明るく教室を照らしていた。

 

 

おわり