第2章  徹底抗戦

昼休みを告げるチャイム。先生に起立礼の挨拶をすれば、もう教室の空気は解けて話し声がはじける。

机の上にお弁当を広げかけた私の視界に、見慣れた着崩した制服が映る。顔を上げなくても誰なのか分かってしまう。そんな自分が少し悔しい。

「美由宇。学食行こうぜ!」

明るく誘ってくるのはもちろん、麗音。遠くの席でシゲアキがニヤついている。私はふてくされた顔で立ちあがった。

「私、お弁当なんだけど」

「弁当持っていけば良いじゃん。俺カツ丼買いに行くんだ。ほら行こうぜ」

私の肩を軽く叩いて、さっさとドアへ歩いていく。私も嫌々感を前面に押し出しつつ続いた。廊下にはいろんなクラスのざわめきが混ざって「昼休みの空気」を作りだしている。私はお弁当片手にぶすっとして麗音の隣を歩いた。

「よう、麗音」

「おっす」

知らない顔の男子が片手を挙げて挨拶する。麗音も軽く応じた。

麗音との「取引」が始まってから、およそ一か月が経つ。時々、こうして学食に誘われることがある。

教室を出る時の、並んで廊下を歩くときの、注がれる好奇の目が辛い。

どうして私は、好きでもない男子の隣を歩いているんだろう。

どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

言いふらされることを怖がらないで、和人に告白しに行けばよかったのかな。

「なんだよ。浮かない顔しちゃってさ」

麗音が顔をのぞきこむように首を傾げる。私は「別に」とつっけんどんに言った。

不本意な毎日はいつ終わるか分からない。まあ卒業式までっていう期限はあるけれど。

だから私は、少しだけ開き直って、少しだけ反抗することにしたの。

麗音は「俺と付き合え」って言っただけで、「加えて、俺を好きなフリをしろ」なんてことは言わなかった。つまり「嫌々付き合っている雰囲気でいても良い」ってこと。私はそれをやっているの。

食堂には一緒に行く。気が進まないっていう気持ちを思い切り顔に出してね。

ほぼ毎日一緒に帰っているけど、いつも機嫌の悪いフリ。本当はさして不機嫌じゃない日もあるんだけれど。

最初の頃は「やめろ」って言われるかもしれないな、「あの話広めるぞ」とかって脅されるかも……って考えていたんだけど、麗音はそんなことは一切しなかった。向こうも飄々として、いつも通りだ。

もしかして麗音って、思ったより心の広いヤツ? むくれた顔をしまいこみそうになる

自分に気づいて、私は何度も不機嫌な顔になる。

心が広いなら、無条件で和人のことを黙っていてくれてもよくない? 条件つけて私を付き合わせる麗音は、心の狭いヤツだ。

学食に着く。私達は長テーブルの端に向きあって席を取った。麗音はお目当てのカツ丼を買いに行く。私はその帰りを待たずにお弁当を広げた。あ、コロッケが入ってる。

ちょっとして麗音が戻ってきた。黙々と食べ続ける私の向かいで、丁寧に両手を合わせてから食べ始める。一口噛んでのみこんで、「うまい!」と笑った。

「ここのカツ丼がめちゃ美味いんだよな。マジで絶品!」

「ふーん」

気の無い返事をする。麗音は気にしたふうもなく話題を振ってきた。

「そうだ。もうすぐ春休みじゃん? 一緒に町行かね?」

明るい声。私は思わず少し顔を上げて「町?」と聞き返してしまった。

あ。機嫌の悪い顔を忘れちゃった。慌てて顔をつくって「なんでよ」と問いを重ねる。麗音は頭を掻いた。

「ほら。お互い部活が忙しくてさ、なかなか遊びに行けないだろ。だからたまには学校じゃないところに行くのも楽しいかなー、と思って」

週末の約束が何度か流れているのは事実だった。麗音はサッカー部、私はソフトテニス部。どちらも休日の練習が入って、なかなか出かける時間がないのだった。

私は付け合わせのブロッコリーを口に入れ、「ま、良いんじゃないの?」と返した。でも頭の中は忙しく働いてもいた。

休みの日に二人で出かけるって、完全にデートじゃん! 今までデートなんて行ったことないからなー。なんだか新鮮。ちょっと楽しみかも。

「でさでさ。美由宇はどこか行きたいところあるか?」

「んー。駅前のカフェとかかな。南波がね、新商品が美味しいって言ってたから気になってて。あとディズニーストア」

言い切ってからはっとする。いけない。ここはぶっきらぼうに「別にない」とか言うべきところじゃない。でもでもう誤魔化すには遅い。

いつもこうなっちゃうんだよね。機嫌の悪いフリを通そうとして、でも途中から素が出ちゃって、最終的には楽しく会話が盛り上がっちゃう。どうして不機嫌を通せないんだろう。

そして、疑問。

こんなに態度悪く接しているのに、麗音は嫌じゃないの? もう機嫌悪い私には付き合い切れないとかって、「取引」を終わらせたりしないの? どうして続けられるの?

私からは絶対に理由を尋ねないつもりだけど、少しだけそんな麗音のことをすごいと思う。もし私が麗音の立場だったら、相手がほぼ常に不機嫌そうな態度でいることに我慢できないと思うもの。面倒臭くなって、きっと一か月も経たないうちに「もう取引とかいいわ」って言いそう。

私の思考には当然気づかず、麗音はうきうきと喋っている。

「俺も駅前の店とか気になっててさ。行ってみたかったんだ」

不機嫌な顔、一度崩れるともう立て直せない。私達は町へ行く日取りまでばっちりと話し合って、そのまま仲良く教室に戻ってしまった。

時計の進むのが速かった。