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十一月十三日  思い出す事など

前の話

十一月十二日  きもの
前の話  先日、古本屋で着物雑誌を手に入れた。見出しが着物の収納についてで、丁度悩んでいるテーマだったのだ。桐だんすを使わない収納をしている人もいるのを知って、「でも私は安心のために桐箱を使いたいな」と自分の求めているものを再確...

 

 

父は、機嫌が悪くなると溜息をつく人であった。
(最近は余り機嫌を損ねない)

 

母が溜息を恐れているのを見てか、機嫌が悪い時の重い空気を感じ取ってか、私も自分の記憶が始まる頃には人の溜息に不安を覚えるようになっていた。

 

関連して、私は毎食時が非常な苦痛である。

 

私は食べるのが遅い。
一食食べきるのに三十分から一時間ほどかかる。
対する父は早食いのため十分ほどで完食し、母も大体は三十分以内。
結果私だけが食卓に居残り、「早く食べろ」という無言直接の圧力に耐えることとなる。

 

多めに残して「お腹いっぱい」と言えば溜息をつかれ。

 

それを無理に詰めこもうとして長時間かけていると「だらだら食べるなら下げるよ」と溜息をつきながら皿を下げられそうになる。

 

溜息を回避したくて「食べる。食べるから」と皿を取り返し、口に一杯詰め込んで早く皿を空にしようとすると、今度は上手く食事を噛み切れなくて「……飲みこめない」と宣言せざるをえなくなる。

 

そうやってまた溜息をつかれる。

 

特に牛肉のスジと、鍋に入っているニラ、エノキ辺りは当時の「うまく飲みこめないもの」の代表だったので、今でも相当に警戒して食べている。
牛肉は美味しく感じないので、すすめられても食べない。

 

小学校に上がると、学校でも給食の時間は十五分から二十分ほどであることが多かった。
周りぜんぶが早く食べきることを善しとしていて、それが出来ない自分は駄目なんだと思いこむようになった。

 

高校生になるまでには、多少歯の力もついて、ニラとえのきは少しずつ食べれば大丈夫らしいことを発見した。
一時期ベジタリアンと称して食肉を避けていたが、あれは良かった。
スジのある牛肉、脂肪分が口に残る豚肉、骨を取るのに時間がかかる魚……。

全部食べなくて良い。硬めの玄米には閉口したが、嫌いなもののほとんど出てこない食卓は、ある種平和であった。

 

その後初めて、私の食べるのが遅いことを肯定する人間が現れた。
松風さんである。

松風さんに何の気なく溜息と昔の食事風景の話をすると、

「それは辛かったね」

と心底共感したように言われた。

驚いた。

自分が駄目なだけであって、理解者などどこにもいないのだろうと思っていたからである。

 

松風さんとは何度も外食する機会があったが、そのたびに

「ゆっくりで良いよ」

「残しても良いよ」

「時間かけて食べるの良い習慣だよね」

とこちらがまごつくようなことを言う。

最近では松風さんの方が私のスローペースを取り入れて、非常にゆっくりした食事時間を過ごすようになったらしい。

 

穏やかな食事を経験しだすと、家での食事に気が重くなっている自分に気づく。

 

特に夕食時になると、両肩が固まって力を抜けない。
力を入れているつもりはないのだが、力の抜き方が分からない。

動悸がする。
もうすぐ夕食かと思うと気が重い。
父が帰宅するかと思うと益々緊張する。

 

思えば外食の時にも気が重くなる瞬間があった。
皿の上にまだ料理が残っているのに、満腹になってしまうような時だ。

こういう時、私は幻に憑りつかれる。

 

その場にいる全員が私を盗み見していて、料理を残していると白い眼を向けてくる幻影だ。
聞こえるはずのないささやきが、内側から私を責めるのである。

「せっかく作ってもらったものなのに」

「残すなんて」

「もったいない」

「失礼」

 

これはおそらく、片づけなど他面のしつけでは私の味方にもなった母が、食事時だけは父の方についていたからかもしれない。
私には部屋に逃げ帰るとか、兄弟と親の文句を言い合うという選択肢を思いつくことができなかった。

一人っ子の悲しいところかもしれない。

 

一度気づくと他のところも見えてくる。
私は食事の時間が憂鬱だ。
それでも腹は減る。
食事の時間もやってくる。

腹は減るのに食欲がない。

息苦しい。
深呼吸するのに精一杯で、夕食の味が分からなくなる。
ますます色が進まない。
嗚呼。もう誰にも何も言われないのだけれど、残すべきではない。
親は口に出しては何も言わなくても、腹の中では食の進まない自分を批判しているのではないか。

周り全部が自分のことを批判しているのではないか。

今愛想良さそうに話している目の前の人も。

それ違う時に一瞬だけ目が合った人も。

みんな。

 

末筆になるが、家庭、職場、カップル間など、ありとあらゆる場所で起こる可能性のある「ダブルバインド」というものがあるらしい。 

簡単に書くと、矛盾する二つの命令で相手を混乱させてしまう指示の仕方だという。

ダブルバインドは職場で使えばパワハラになりうるし、育児で使うと親を信用しない、自己肯定感の低い子どもが育つという。

 

私はこの単語に出会った時、まさに自分の経験してきた状態を表すものなのではないかと思った。

どういう形にして良いか分からなかった感情とかがこの一言に集まって、ようやく人に整理して伝えられる形を持ったと思った。

 自分の親のような、子どもにトラウマを残す子育てをしたくないと思ってきた。
予定があったわけでもないのに、反動のように子育て本を何冊も読んだ。

 

読むほどに恐ろしい。

 

無意識のうちに、親と同じような育て方をする人が多いと聞く。

我が子を虐待する親の中には、泣いている我が子の姿や声が過去の自分と重なって見える人があるらしい。

自分を許せない親は、過去の自分のような子どもを痛めつける。
そうやって育った子どもはきっとまた同じようにするだろう。
自分もそうなるのではないかと思うと、全般的に大好きな子どもたちも恐ろしいものに見えてくる。

 

ある時には、家族がある暮らしが楽しそうだと思う。

またある時には、子どもなどとんでもない。
大事な人ひとりいれば充分だと思う。

 

今は、そんな感じだ。

 

 

次話

十一月十四日  安請け合い
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