Gray Dark第一章 立ち読み

 

灰色。それが俺の知っているすべての色。

他のことが分からないから、いつも目に入る「それ」が灰という色であることも、俺は知らなかった。

光をまとって落ちてきた彼女が、俺に教えてくれたんだ。

 

 

 

 

Chapter1  Falling

軽い足取りで階段をけ上がっていく。はずんだ息さえも心の高揚こうようを加速させる。

屋上へのドアをひらいたセルヴィスは、視界いっぱいにさしこむ陽光に手をかざした。駆けてきた勢いのまま屋上に飛びだす。床をんだヒールが楽しげな音を鳴らした。

自身の重みで、背後のドアは勝手かってに閉まる。そろそろ目が明るさに慣れてきた。
空を見上げて陽光を浴び、大きく息を吸う。自然と顔がほころんだ。
セルヴィスは空をながめるのが好きだ。

だから時にこうやって高い建物の屋上まで上がり、さわやかに晴れる青空と、見るかぎり広がる景色を見渡みわたす。

このささやかな趣味しゅみは子どものころからあって、二十四になった今でも変わらない。

ちょっとだけ世界からはなれた気分になれるのだ。

少し高い視点の場所に出るだけで、地上の喧騒けんそうは遠くのものになってしまう。

通りを行きう人の話し声も、馬車が石畳いしだたみを転がる音も、何もかも聞こえなくなるから。

さくに両手をかけてつま先で立つ。

地上から数階分上に上がっただけで、ほおでていく風はおどろくほどさわやかに、自然に近いものになる。

背中にかかる薄茶色うすちゃいろの髪の毛を手でいた。

ああ、幸せだ。

このまま、空の中まで飛びこんでいけそう。

空が私たちの上にあるのか? それとも広がる空の中に私たちの暮らす街があるのか?

学校では前者だと教わったけれど、本当はどっちも正解な気がする。

両足をつけたこの大地が動いているとしても、私たちにはそれと分からない。もしかしたら空想の方が正解だったりして。

的外まとはずれと分かっていることをつらつら考えながら、セルヴィスは少しずつさくからあとずさるようにはなれる。

空を視界いっぱいに収めようとした。

その瞬間だ。

かかとが段差にぶつかる感覚。あ、と思った時にはおそかった。

視界がぐるりと上を向き、目いっぱいの空がうつる。たいしてセルヴィスの体は下へ下へと落ちていった。

しりもちをついた腰が何かにぶつかって、耳を突きさすような金属音がひびく。

遠ざかった空は頭上で四角く切り取られていて、辺りはそれと好対照こうたいしょうをなすように薄暗かった。

てててて……」

たおれた体を起こす。打ちつけた腰をさすった。

見上げれば、青い空と明るい世界は四角い穴の向こうだ。

天井に穴があいていて、セルヴィスはどうやらそこから落ちてきたらしい。

座りこんだ体の下には鉄製の格子こうしがあった。

天井にこれがはまっていて、きっとセルヴィスがその上にたおれこんでしまったのだろう。われながら情けない。

もっと足元に注意しておけばよかった。

それにしてもここはどこだろう。

どこかの部屋に落ちてしまったのは分かるが、明かりもなくやけに薄暗い。

「まずい」ところに転がりこんでしまったのかしら。

好奇心にられて灰色の部屋を見回す。すぐにセルヴィスはあっと息をめた。

灰色の部屋には他にも人がいた。

長方形をした部屋の、短い辺の壁につけるように寝台が一つ置いてある。黒い金属のフレームでできた簡素かんそなものだ。ふわりとした白い寝具。

そしてその寝台の上に、一人の青年が座ってこちらを見ていた。

年のころはセルヴィスと同じか、少し年上くらい。

ほおがこけるほどまではいかないが、男性にしてはたよりなさそうなほどせている。

着ている白いシャツのそでが手の平をかくすほど余る。

細面ほそおもて色白いろじろの顔に、深い深い青色の目。少し目元にかかる黒い髪。襟足えりあしは首の後ろをかくすほど長い。

視線がぶつかる。深い青色から目がはなせなくなった。

その目は何か、現実よりもっと大きくて深いものを見ているようで……。吸い込まれそうになる。

セルヴィスは気づけば立ち上がり、ふらふらと青年の方へ歩み寄っていた。向こうはおどろいたふうもなくそれを見つめている。

灰色の床をんだヒールが音を立てる。それでセルヴィスはわれかえった。

自分はこの部屋に落ちてきた。きっとこの人にばっちり見られてる!

唐突とうとつき上がる羞恥しゅうちしんに顔が火照ほてる。おろおろと視線を彷徨さまよわせていると、ドアがあるのを発見した。

セルヴィスから見て右側の壁についている。見たところ、この部屋にある唯一ゆいいつの出入り口らしい。

セルヴィスは誤魔化ごまかすように苦笑いをした。

「……ははは。ごめんなさい。あの、その……。間違えちゃったみたいで。ほんと」

頭をきながら、足早にドアへと向かう。れたノブは金属の冷たさを持っていた。ひねって押し開ける。白い陽光を浴びて少しほっとした。

「ほ、ほんと、すいませんでしたっ!」

ドアは思いのほか重みがある。

セルヴィスは滑稽こっけいなほど必死になってドアを押し、転がるように部屋を飛び出した。先はとなりの建物の屋上である。黒い手すりのついたそと階段かいだんを見つけて、振り返る余裕よゆうけ下りた。

地上にくと大通りを目指した。雑踏ざっとうに加わって、ようやくほっと息をつく。

押し寄せてくる現実。道路を行きう馬車と人のれ。

はしゃぐ子供の声、かぞえきれない人の靴音くつおと

休むことなく足を動かしながら、それでもセルヴィスは同じことを考えつづけていた。

あの目、深い深い青色の目。

どうしてあんなにもおだやかで、静かで……悲しそうだったんだろう。

 

 


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