前話

「南波、なんかあったでしょ。それもラブの話でしょ!」
「ち、違うってば。そんなんじゃないよ」
「嘘うそ。見れば分かるから。バイト終わったら詳しく聞かせなさいよ!」
優木の勢いに押されるようにして、私は午後のお喋りを約束してしまった。
時計は午後の二時を指している。私と優木は仕事を終えて着替えると、そのまま客席の一角に落ちついた。たまには自分が働いているお店を利用するのも良いよね。
メニューを開く。忙しいランチタイムは二時で終わって、素早くメニューが切り替えられていた。優木はぱっと最終ページを開き、デザートの吟味を始める。さっき休憩室でおにぎりを食べてしまった私はあまりお腹が空いていなかった。
優木はストロベリーパフェ、私はドリンクバーを注文する。アップルティーを選んで席に戻ると、優木はもう前のめりになって話を聞く気満々だ。私は無駄に緊張しながら椅子に腰かけた。
瞬間、優木が尋ねてくる。
「で? で? 何があったわけ!」
好奇心に光るぱっちりした目。私は言葉を選びつつ話した。聖夜さんのこと。
でも大っぴらにしてはいけないような、信じてもらえないような気がしたから、黙っていたこともあった。サンタクロースや妖精の話。
「この間、偶然会った人なんだけどね。ちょっと話して別れて、そしたら昨日また会えて。名前を憶えていてくれたんだ。カフェで会ったから、ちょっとおしゃべりとかして」
「ふーん」
何度か頷いて、それから優木はニヤリと口角を上げる。
「で、その人のことが気になってるんだ? やっぱりラブだね」
「だからー、違う!」
冷やかさないでってば。
言いながら、私は少し心がざわつくのを感じていた。
おかしいな、どうして変な気持ちになるんだろう。自分で自分のことがよく分からなくなってくる。
対する優木は頬杖をついて穏やかに微笑んでいる。
「んー。まあ良いんじゃないの? 好きになったら気持ちに嘘はつき続けられないよ。素直になりな」
言葉を切ってすぐ、ちょうどよくパフェが運ばれてきた。ウェイトレスは伝票を置いて一礼し、去っていく。優木は目を輝かせてスプーンを握り、アイスクリームの上に載せられたいちごを頬張った。
「忘れてた。凍ってる」
冷たすぎたいちごを口の中で転がしている。私は尋ねた。
「そういう優木は? この間の合コンとか?」
「ああ、いいところまでいったんだけどねー」
いちごを噛んで飲みこんで、さっぱりと首を振る。アイスをつっつきながら語った。
「あたしは好きだと思ったんだけどさー。向こうに『合わない』って言われちゃって」
肩をすくめる。つまりは告白して振られたってことなのに、優木はびっくりするくらい明るい。他人の話をしているみたいだ。私はその態度に驚いてしまって、思わず身を乗りだして聞いていた。
「悲しくないの?」
「そりゃ悲しいよ。でもね、伊瀬崎くんはあたしの運命の人じゃなかったんだなって思った、だけ。確かにあれほど金銭感覚がないのは困るなーって思ったしね。
あのね南波。全部の人に、人の数だけ運命の相手がいると思うの。夢物語とかじゃなくてさあ。それでそういう相手のことって、たぶん理屈抜きで好きになっちゃうんだよね。金持ちだからとか、顔が良いからなんてどうでも良くて、そんなこと思いつきもしなくて、でも『なんか好きだな』って思うと思う。だから自分が誰かのことを好きだと思う気持ち、大切にした方がいいよ」
パフェは半分ほど減っていた。ホイップクリームにささっていたビスケットをかじって、優木は笑う。
「んー。美味しい!」
私は心のざわつきと、優木の言葉とを考えていた。
窓の外はもう暗い。冷蔵庫の残り物で鍋を作った。シメのうどんまで食べ終えた頃、こたつの隅に置いた携帯が鳴る。開いてみると、TALKの通知が入っていた。新しいメッセージがあります、って。
聖夜さんだ!
表示の「久利州聖夜」の文字を認め、私はすぐに画面を開いた。白い吹き出しのメッセージが光っている。それだけで心が甘い音を立てて、私は知らず口元をほころばせている。メッセージを目で追った。
「南波ちゃん、こんばんは。
いきなりで悪いんだけど、バイトがお休みの日ってある?」
スケジュール帳を開いた。シフトを確かめる……あ、この日が休みだ。
画面上の文字盤に指を滑らせた。
「こんばんは! 近いところだと、明日が休みだよ」
「そうなんだ! 僕も明日が休みなんだ。
もしよかったら、一緒に映画とか観にいかない?」
私は手を止めて、画面をしばらく凝視してしまった。心臓が痛いほどドキドキ鳴って、胸の辺りがくすぐったい。顔が熱くなってきた。
聖夜さんと……映画。画面に光る文字を何度も何度も読み返した。
どうしようもなく心が弾んで、私はこう返事をしていた。
「ありがとう! ぜひ一緒に行きたい」
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