私は泣いていた。
泣いていたのを、覚えている。
部屋の中は暗い。壁にかけられた時計はたぶん、真夜中くらいをさしていた。この頃はまだ時計の見方が分かっていなかったから、たぶんだ。
冷たい空気の中に二つの布団が敷いてある。私の隣ではおばあちゃんが眠っていた。おばちゃんも泣いていたはずだけど……。泣いている間に寝てしまったのかな。
私はわけが分からなかった。何も分からないまま眠ったはずだった。目が覚めて、暗い部屋の中を見回したら、涙が出てきてしまった。
外は雪が積もっていく音がする。シンシンと、世界の音を吸い込んでいく音。部屋の隅に飾られたツリーの電飾が、虚しく光を放ち続けていた。
窓がサッシを転がる音。嗚咽の間に聞こえたその音を、私は全く気にも留めなかった。
そんなことはどうでも良いと思っていた。
のだけれど。
「どうしたの?」
男の子の声がした。子供っぽくて高いのに、少し大人びているような響き。私は涙で顔がぐしゃぐしゃで、涙をこらえることもできなくて、顔を俯けたままでいた。
私は言った。
「お父さんが……。お母さんが。帰ってこないの」
口に出すとその事実がますます胸に迫って、私の両肩を冷たくさせた。私があまりにもわんわん泣き出すから、きっとその子は困ったんじゃないかな。
その子はしばらく黙っていた。それから黒い手袋をした手を慎重に伸ばして、そっと私の頭に置いた。慣れない手つきでぎこちなく、でも温かく頭を撫でていく。私はびっくりして顔を上げた。
男の子と目が合う。見上げた彼は九歳かそこらに見えた。青味がかった紺色の髪と目が見る人をはっと惹きつける。目が離せなくなる雰囲気だ。
呆然と見上げていると、男の子が口を開いた。
「大丈夫。二人は遠くに行ったわけじゃないよ。ちゃんと君のことを見守ってる。だからもう泣かないで。笑ってごらん」
言われるまま笑おうとしてみる。うるんだ目を細めたら、男の子の顔がぼやけて見えなくなってしまった。できるだけ口角を上げるけど、きっとうまく笑えてはいない。
それでも男の子は優しく響く笑い声を洩らした。温かい手が離れる。
遠ざかる気配。
男の子はベランダに向いた窓から外へ出ようとしていた。窓枠に手をついて振り返る。微笑んで手を振った。
「またね。……南波ちゃん」
ためらいがちに名前を呼ぶ。去って行く後姿はかすんでよく見えなかった。
それでもその名の呼び方は、今までされたことがないぐらい柔らかくて、はっとするもので……だからその声の響きが、強く心に刻みつけられた。
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