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教科書の歴史と人の一生が結びつく【第165回直木賞受賞作『星落ちて、なお』読後感想】

小説 -novels-
Image by aiworldexplore from Pixabay

こんにちは。皇月ノエルです。

受賞作から学びたい

第165回直木賞を受賞した時代小説。

澤田瞳子さん著『星落ちて、なお』(文芸春秋)を拝読しました。

私は普段、あまり時代小説を読まないので、前回読んだ時代小説というと、第164回直木賞受賞作の『心淋し川』まで1年ほどさかのぼるでしょうか。

淀む川と流れる人々【西條奈加『心淋し川』感想&考察】
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いつも勉強のためにと、自分の世界観を広げるために手に取っていることもあり、今回も本編への感想に加え、いろいろなことに気づくことができました。

感想の一端をまとめてみたいと思います。(ネタバレに配慮し、結末に直接触れることはしていません)

『星落ちて、なお』感想たち

時代小説=江戸か戦国、ではなかった

普段、時代小説をほとんど読まないせいで、私は勝手な先入観を抱いていました。

時代小説って、だいたい舞台は江戸か戦国でしょ。

そのふたつの時代を舞台にした作品が多いのだろうと思い込んでいたのです。

『心淋し川』も江戸の話でしたし……大河ドラマは戦国時代を切り取ったものが多いし。

そんな先入観で読みはじめたので、『星落ちて、なお』の序盤でさっそく驚かされることになりました。

あれ、江戸、終わってね……!?

読み始めてすぐ、単行本7ページにこんな一節が登場して気づきました。

この東京がまだ江戸と呼ばれていた昔

あっ。勝手に江戸時代の話なのかと……(*´▽`*)

自分の知識のなさに、ひとりで恥ずかしくなったのでした。

時代小説の醍醐味?やわらかい和語たち

私が数少ない時代小説の読書体験でいつも出会うのは、当時ならではの言葉遣いです。

今回も印象的な言葉がいくつも目に飛び込んできました。

たとえば22ページには、

怒りとも悲しみともつかぬものが、腹の底でことりと音を立てた。

という一節があります。

心情を表す擬音として「ことり」とは。

やわらかい平仮名で表されたそれは微かなようでありながら、否定しようもなくそこに感情として存在している――。

そんな日本語らしい曖昧さと確かな存在感を感じさせますが、この表現をそのまま現代モノやファンタジー物に移植しても、きっと同じニュアンスを読者に伝えることはできないのでしょう。

日本の過去を舞台にしているからこそできる心情表現に、いつも感じ入ってしまいます。

他にも。

誰かの家を訪ねるという意味で、「訪う(おとなう)」という言葉が使われていました。

初めて見る言葉だったので、最初は読み方を覚えるのに苦労しいしい。

けれど何度か本文中で目にするうちに、奥ゆかしい素敵な言葉だと感じるようになりました。

これも平仮名で書くのが似合いそうな、やわらかい響きだし、意味は同じ「たずねる」よりも謙虚で、相手のご機嫌伺いをするような空気を感じました。

ニュアンスをより解剖するなら、「たずねる」は自分が用があるから行って、用件を済ますことを優先させる感じ。

「おとなう」は、もちろん用事があるから行くんだけど、相手の機嫌や具合もうかがう感じ。

同じ意味の言葉でも、使う語句によって相手に違う印象を与えることは、現代でも起こります。

「たずねる」にももっとやわらかい言い方があり、言葉から受ける印象がこんなに変わるなんて、気持ちもやわらかくなる発見でした。

衝撃!河鍋家は実在する!

河鍋暁斎(きょうさい)の読み方に苦労しながら、本編を読み進めること数時間。

本を閉じようとした時、ふと巻末の『主要参考文献』のページが目に留まりました。

そこを見てびっくり。

河鍋暁斎をはじめ、小説の中で活き活きと活動している人たちの名前が、書名として列挙されているではありませんか。

河鍋暁斎、暁翠ほか、登場人物たちは実在の人間だったのです。

勝手に、すべて創作なのかなと思って読み進めていた私はびっくり。

当時の世相を想像し、世界観を構築するだけでも大変なのに、さらに実在の人物を取り上げて、それを小説にしてしまうとは……。

時代小説作家、すごすぎます。

ライフイベントごとに違う感想を抱けそうな作品

綺麗な深紫色の帯にもあるように『星落ちて、なお』は、

明治から大正を駆け抜けた女絵師の一代記

です。

つまり、主人公「河鍋とよ」の一生を追いかける物語であるということ。

それだけに、読者のライフイベントごとに様々な感想を抱ける作品だと感じました。

独身の人。

結婚した人。

子どもがいる人。エトセトラ。

手元に置いて、時間が経つごとに何度も読み直して、きっとそのたびに違う感想、違う共感ポイントがあって……。

それこそ一生楽しめる作品ではと感じています。

創作意欲をかき立てられる、私の推し

登場人物の名前を正しく読むのに苦労しつつも、とよの一生を追ううちに一読者の私にも推しができました。

とよの兄・周三郎です。

絵描きという仕事にまっすぐ向き合い、そのスタイルをブレさせない生き様はさることながら、あちこちに描かれるプライドの高そうな様子や綺麗な着物、とよに投げかける言葉の端々が、私のときめきと創作意欲までかき立ててくれます。

これは完全に私の想像ですが、周三郎の顔として芥川龍之介をあてはめながら読んでいた気がします。イケメンです。

教科書の歴史と人ひとりの人生が符号していく

私は元号に疎く、昭和が何年で終わったのかもろくに把握できていません。

そんなだから、『星落ちて、なお』の目次を見ても、いつくらいの時代を舞台にしているのかよく分かっていませんでした。

分かったのは「明治と、大正にかけての話なんだな」ということだけ。

それが西暦に直すと何年になるのかも、さらに言えば明治の前の元号は何だったのかも、よく分かっていない。

江戸が終わったのって、元号でいうといつ?

 

完全なる手探り状態で読みはじめた『星落ちて、なお』でしたが、第2章にあたる『かざみ草 明治二十九年、冬』に日清戦争の話題が出てきたことで、急に雲が晴れる思いをしました。

私は高校の時、世界史と日本史を選択していたのです。

日清・日露戦争、そこから第一次大戦に続く一連の出来事は、授業でやって知っています。

授業では西暦で覚えたものだけれど……。そうか、あれは明治の出来事だったのか。

 

歴史の授業の時も、もちろん「これは過去、本当にあったことなんだ」という意識は持っていました。

この時代の中を生き抜いた人がいて、戦って亡くなった人たちと、勝利に湧いた人たちがいる。

けれど私が持っていたつもりの「人の息遣い」への意識は、まだまだ甘かったようでした。

『星落ちて、なお』で描かれる、とよ目線の世相と戦争は、私の認識以上にリアルで、身近。

絵を通して世の中を見つめるとよの目は、私にとって「当時」をリアルに疑似体験する機会をくれました。

教科書で習った「過去」を、どんな人たちが生き抜いたのか。

数々の人生からひとりにフォーカスした、ものすごく具体的な一例を見た気持ちです。

とよの選択と周三郎に生きることを励まされる

私は絵師ではありませんが、何かを「創る」ことを目指している点では共通点があると思っています。

親子で絵を描くとよの思いと、創作に真摯に向き合い続けた周三郎の言動が、読者にも「今やっていることに向き合おう」という活力を与えてくれます。

女性の活躍が叫ばれる現代。

女絵師を主人公に据えた話が受賞したのは、男社会の中で頑張る現代女性と重ねてのことなのかな、などと安直に考えていましたが、読んでみてもっと深い理由があると気づきました。

とよが自分を懸命に生きたのは、男性たちに勝とうとか、女性の地位を……とかいう理由ではありませんでした。

現代にも通じる別のもの。親子や兄弟という関係性も大いに関わってきたのです。

今問題になっている話題とは少し毛色が違うかもしれないけれど、本質では同じこと。

とよは真偽の確かめようがない父親の行動を気がかりに思い、それに沿いながら、抗いながら、自分の道を見つけていこうとしています。

本質的には同じようなことを、現代人もやっているのではないでしょうか。

 

とよと私たちの間に共通点があるからこそ惹きつけられ、いちど本を開いたら最後まで見届けたくなってしまうのだと思います。

 

Thank you for your reading!
I wish you all the best!

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