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食べ物がオブジェに見える話【毒親、トラウマ、精神的虐待】

精神的虐待・毒親・トラウマについて
Image by Jill Wellington from Pixabay

こんにちは。皇月ノエルです。

 

食べ物が食べ物じゃない

精神的に「落ちて」いる時、食べ物が食べ物として見られなくなることがあります。

タイトルでは「オブジェ」と表現していますが、あえて他の表現を使うとするならば。

食品サンプル。

おままごとセットのにんじんやタマネギ。

つまり、「食べ物の形はしているけれど、口に入れるものではないもの」ということです。

 

夕飯を作ることはあっても、それが「自分の口に入るもの」とは思えない。

家族のために料理だけはして、自分は板チョコ1枚で済ませたり、何も食べなかったり。

原因は、ひとえに幼少期の度重なる出来事にあります。

 

5歳ごろから始まったトラウマ

家族の中で、私は食べるのが極端に遅い人でした。

親は5~15分程度で食べ終わる中、私は30分も1時間もかかってしまう。

また顎が弱くて噛む力が小さく、スジの多い牛肉とか、葉物(ニラ、水菜、ほうれん草)なんかは嚙み切れず、よく飲みこむタイミングが分からなくなってしました。

結果として、食卓に(比較的)長時間居残る私。

「のろのろ食べるな」と怒ってくる親。

しまいには食べる気がないと見なされて、「食べないなら下げる」とお皿を目の前から奪われかけます。

食べる気は、ある。「食べる、食べるから」と半泣きでお皿を返してもらう私。

早く皿を空にしようとして口に詰め込むと、今度は口がいっぱいになって飲みこめない。

口の中のこんな塊、飲みこんだら喉に詰まりそう!

ちゃんと嚙めてるの? いつ飲みこんだらいいの!?

とはいえ、「飲みこめない」と言おうものならまた別方面で怒られることは分かっているので、吐きそうになりながら、それでも吐かないようにしながら、必死に見失った「飲みこむタイミング」を見つけようとしていました。

たしか5歳くらいの頃から繰り広げられ始めた光景です。

私は間違っていなかったという気づき

学校も給食時間って限られていて、15分とかで完食しないといけない環境。

「私は食べるのが遅い」「私が悪いんだ」というセルフイメージは、着実に染みついてしまっていました。

それは違うんじゃないか、と気づいたのは、パートナーのお陰。

ランチ中に「食べるの遅いから……ごめんね」などと話していると、「それ、健康にいいじゃん」と。

目から鱗が落ちる、とはまさにこのこと。

親が間違っているかもしれない、という小さな気づきを得た瞬間でした。

 

ひとつに気づくと、自分がずっと我慢していたことに目が向きました。

親が帰宅すると体が緊張する、ごはんの味が感じられない、パートナーと食べるごはんは美味しい、食事に集中することが難しい(動画やテレビで気を紛らわせながら口に詰めこむ感じ)……などなど。

さらにはごはん時におさらを見るだけで、過去の出来事がフラッシュバックして、一気に食欲が失せることもありました。

長年使っているお皿には、食事中に起きたあれこれを思い出させるスイッチがついているかのようです。模様と記憶が連動しています。

 

そこから、心理学・虐待・トラウマ・毒親……といろいろなキーワードで調べ、また本を読んで知識を増やしていったり、人から話を聞いたりしていった結果。

私は3つのキーワードに出会うことになりました。

ダブルバインド

バインド、とは「拘束する」等の意味がある英単語。

書類を挟んで保管するものを「バインダー」と呼ぶのは、きっとこの単語からきているのではないでしょうか。

そして「ダブルバインド」とは、

二つの違う矛盾した意味のメッセージを相手に命令することで、相手を混乱させ強いストレスを与えるといったコミュニケーション

(心理資格ナビより引用)

です。

さらに、2択のどちらをとってもネガティブな結果になるものを「否定的ダブルバインド」と呼ぶのだそう。

私の置かれていた状況そのままやん……(´・ω・`)

精神的虐待

ニュースで取り沙汰される「虐待」には、殴る、蹴る等の「身体的虐待」が多い印象。

だから「虐待」とは身体的被害があるもので、私はしんどかったけれど違うのかな……と思っていました。

ところが調べているうちに「精神的虐待」という単語に遭遇。

殴る・蹴るを「身体的虐待」

暴言・自分以外の人が暴力を受けるのを見る等を「精神的虐待」と言うそうです。

あ、これやん……(再び)

解離

虐待的な状況、トラウマを呼び起こす状況になった時に、思考と体がフリーズして固まってしまう――いわゆる凍りつき反応。

身体感覚を希薄にして、その場から(精神的に)逃れようとする働きを「解離」と言うそうです。

 

私にもある症状だな、と思って、いたく感心してしまいました。世の中にはちゃんと定義があるんだ、と。

人のため息、機嫌の悪そうな男性、感情的な女性、大声で話すこと――体にしみついた「恐怖」のスイッチが入ると、肩と腕の辺りを中心に身体が動かなくなってしまいます。

人には「闘争・逃走本能」があるといいますがそれも働かなくなり、不快な話題を転換したり「嫌な気持ちになるのでやめましょう」と遮ったりできず。

自分の不快を我慢してその場にい続け、無用に傷つきすぎてしまったり。

家の中で逃げ場所がなかったので、「逃げることができる」というアイデアが浮かんでこなくなったのでしょう。

言い返す、立ち去る、話題を変えるなど、冷静な時には思いつく対処法を、いざことが起こった時に実践できるようになればいいな……。

これは腑に落ちたと同時に、実践できるように練習中です。

食べ物がオブジェに見える理由

信頼できる人に「食べ物がオブジェに見えるんだよね」と自分の状況を説明したところ、こんな答えが返ってきました。

「それは、一種の現実逃避だと思うよ。『食べ物じゃないから、食べなくていい、食卓につかなくていい』ってね」

その人は心理学の専門家ではないけれど、人をよく見て、心の動きを見抜くのが上手い人。

もし詳しい人だったら、「現実逃避」ではなく「解離」という言葉を使ったのかな……? 少なくとも、私はそう理解しました。

そうか、精神的な逃走反応の一種だったのかな。

自分の身に起きる現象の理由を「こうじゃない?」と予想的にでも提示してもらえると、未知の状況に説明の手がかりが得られてとても安心できました。

自分でも何をやっているか分からなかったんだけど、ようやく理解できた感じ。

 

物事を変化させるには、変えたいものごとをよく見ること、と言われることがあります。

さすがに食べないのは不健康だから、この状況はなんとかしたい。

改善の手がかりを得られたかな、と感じています。

 

 

Thank you for your reading!
I wish you all the best!

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