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人類は「嘘」から始まった【ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』上】

本の話 -books-
Image by Walkerssk from Pixabay

こんにちは。皇月ノエルです。

 

気になっていた本を薦められたので

友人に薦められ、この本を買ってみました。

ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』(河出書房新社)です。

Amazon Kindledには、試し読みもあるみたい。

書名だけは知っていて、「ちょっと面白そうだな」と思っていた本。

友人の「こういうところが面白かった」という話に背中を押され、いざ購入。

 

人類の「歴史」は嘘の上に成り立っている!?

キーワードは「嘘」

この本を説明する上で重要になる言葉があります。

それこそが「嘘」です。

人類が「進歩」だと思っているものは、本当に「進歩」なのか。

逆に私たちを不自由にしはしなかったか。

 

私たちの歴史、哲学、政治を支える土台である「神話」「調和」「協力」。

それらは嘘によって成り立っている⁉

 

驚きの言説がたくさん出てきます。

既視感のある本――「神との対話」

『サピエンス全史』を読み始めてすぐ、私は既視感のようなものを覚えました。

人間たちが「真実」とみなして当たり前のことが、本当はただの幻想に過ぎなかった。という主張。

以前に別の本で触れたことのある考え方。

 

ニール・ドナルド・ウォルシュ著『神との対話』(サンマーク出版)シリーズです。

「お金と時間は有限である」

「死は恐ろしいものだ」

「性に耽溺するのはいけないこと」

「子どもはこうあるべき」

などなど、地球に広がる「真実のような嘘」が幻想にすぎないことが、「神」と「ニールさん(文中では「わたし」)」の対話形式で書かれています。

これはどちらかというと「精神世界」「スピリチュアル」「ニューエイジ」系統に分類される本で、人によっては苦手意識を感じるかもしれません。

 

対する「サピエンス全史」は人類学的視点から、より科学的に書かれた本であり、スピリチュアルにアレルギーを起こす人でも心の壁が低い状態で読めるのではないでしょうか?

どちらにしても、書いてある内容の本質は共通しています。

人類が「真実だ」と信じ込んでいるものの大半は、「嘘」や「幻想」に過ぎないのです。

 

印象的な部分

よく考えればそう――神話は「嘘」

本を通して言えることですが、「言われて見れば、そうだな」と思わされるくだりが大量にあります。

私にとって印象的だったのは、上巻の序盤にある、「神話、政治、国家は嘘」という主張。

 

子どもの頃、多くの人は「嘘をついてはいけません」と教わります。

ところが大きくなると、この世界には「優しい嘘」「ついても良い嘘」も存在する矛盾に気づきます。

 

ところが『サピエンス全史』の視点に立つと、そもそも人間社会は嘘から生まれている。

嘘の上に立って嘘を禁止しているなんて、なんだか滑稽です。

 

そして「神話、政治、国家は嘘」という主張を見て考えてみれば、「確かにそうだなぁ」と納得させられてしまうのです。

 

実は、地表や海上に「国境線」という目に見える線が引かれているわけではありません。

人間たちが、「ここから東は○○という国で、ここから西は△△という国ということにします」と取り決めてただけです。

動物や鳥たちは国境を気にすることなく、好き勝手に移動していることでしょう。

 

また政治にしても、「ここは○○という国で、国の仕組みを民主主義(社会主義)と定めます」と宣言し、大勢の人間がそれに同意しているだけです。

 

神話も、「昔、こういう人がいてね……」あるいは「こういう伝説があってね……」という物語を、大勢の人が信じているだけです。暴力的な言い方に他意はないのですが。

キリストは本当にいたかもしれないし、いなかったかもしれない。

奇跡を起こしたかもしれないし、起こさなかったかもしれない。

今のところタイムマシンは発明されていないので、過去に戻って確かめるすべはありません。

けれど地球上では多くの人が、「イエス・キリストという偉大な聖人が存在し、数々の奇跡を行った」と信じ続けています。

「信じる」という選択が、キリストの存在を生かし、神話と宗教に力を与えているのかもしれませんね。妖精さんみたい。

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ティンカー・ベルたちが、信じる人を失うと死んで(消えて)しまうように、宗教も信じる人がいなくなれば衰退していくのでしょう。

 

人間の「この考え方を信じる/受け入れる」という選択が、想像上の神話や国境線を補強し、それらを存在させ続けているのです。

 

逆の考え――大勢の人が別の事実を信じると

逆に考えると、大勢の人が全く新しい考えを本気で信じるようになれば、社会の仕組みは変わるということです。

特に情報社会の現代では、今までになくハイスピードに、リアルタイムでそれが起きているかもしれませんね。

「Me too」運動から始まった女性の主張だったり、同性愛関連の問題、選択制夫婦別姓もそうです。

 

仮に大勢の人が、「女性はおとなしくしていて当たり前。男性に抗議するなんてありえない」

「同性愛は異常で、認められるものではないんだ」

「夫婦なんだから、同じ苗字で当たり前」

と思っていればこのような動きは起こらず、むしろ「こんなセクハラ被害に遭った!」「男性(女性)だけど男性(女性)が好き!」「手続きが大変だし仕事にも支障が出るから、旧姓を名乗りつづけたい」と思った人は、少数派として白い目で見られて終わりだったかもしれません。

歴史を振り返れば、そのような時期が世界各地であったのでしょう。

 

今、性犯罪や同性愛、夫婦別姓について、新しい価値観を受け容れる人が増えてきました。

これはまさに、「人々が新しいことを信じるようになった」状態。

何事も無かったように昔に戻ることはもはや無理で、これからどんどん新しい価値観が増えていくことでしょう。

 

「嘘」を信じるということは、新しい「嘘」に乗り換えるという形で、どんどん価値観をアップデートしていける利点もあるかもしれませんね。

 

妄信する「嘘」と、「嘘」と共に遊ぶこと

「嘘」を妄信していると、身動きがとれなくなる時があります。

「受験に失敗したら転落人生だ。もう何も上手くいかないんだ」と思い込んでしまったり。

「うつで休職しているなんて情けない、働かなくちゃいけないのに」と思って、上手く休めなかったり。

「○歳になっても独身なんて。早く結婚しなくちゃ」と自分を焦らせてしまったり。

 

けれど「良い学校に入らなければならない」「働いているのがちゃんとした人だ」「結婚しなければならない」というのは、嘘の一種ではありませんか?

 

世界には様々な人がいます。

中卒で起業し、社長になった人。

やりたいことだけをやって生きる「ニート」。

独身で友達と楽しい時間を過ごす人。

 

上のようながんじがらめ「○○でなければならない」とは片面だけの見方であり、必ずその道を通らなければ幸せになれないわけではありません。

また、必ずそれに沿った人生を送らなければ、「きちんとした人」と見なされないわけでもありません。

単に、そのような見方をする人がいるだけです。

 

同じように、はびこる固定観念に縛られないことをポジティブにとらえ、仲良くしてくれる人だってたくさんいます。

彼らは無意識下であっても「嘘」を見抜き、「嘘」から自由になって、多様な価値観の中で遊んでいるのです。

 

一度「これも嘘の上に出来ているんだよな」という視点を手に入れると、ちょっと人生が面白くなります。見方が変わるというか。

「嘘」にしがみついて生きるのもまた一興。

同時に「嘘」を見抜いて「面白いな」と観察したり、「嘘」を変えていくために行動することもまた、一興だと思います。

 

 

 

Thank you for your reading!
I wish you all the best!

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