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表紙に示された関係性とは?【『推し、燃ゆ』ネタバレあり感想&考察】

本の話 -books-
Image by StockSnap from Pixabay

こんにちは。皇月ノエルです。

 

第164回芥川賞に選ばれた、宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』(河出書房新社)を拝読しました。

 

 

感じること、考えること、共感することなどがたくさんあり、ぜひとも誰かと共有したい! と思いました。

 

以下ネタバレになりますので、苦手な方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

主人公は発達障害?

物語の主人公「あたし」ことあかりちゃんは、もしかして発達障害では……? と思わせられる記述が散見されます。

 

保健の先生から診断書の提出を求められていたり。

ものを覚えるのは苦手だけれど、「推し」に関することならいくらでも整理・記憶できたり。

部屋の片づけが自主的にできなかったり。(指示されればできる)

飲食店のバイトで失敗続きだったり……。

 

最大のポイントとなるのは、「発達障害なのでは?」という匂わせに終始していることではないでしょうか。

 

発達障害は「スペクトラム」という言葉を使い、グラデーションのような段階で程度を分けられたり、ADHDやASDなど、病名がいくつかに分かれているものです。

 

しかし作中で、あかりちゃんの病名が明らかになることはありません。

 

病名を曖昧にしておくことは、2つの効果を生み出しているのではないかと感じました。

 

効果1 「あたし」の病気へのこだわりの薄さを示している

診断書の提出を求められていることから、あかりちゃんは自分が発達障害と診断されていることを自覚していると察することができます。

 

また、中盤の場面で

「(中略)あたし普通じゃないんだよ」

と発言する場面があることも裏付けになるかもしれません。

 

しかし、作中には病名が出てこない。

 

ここから、自分の病気に甘えない、あかりちゃんの芯の強さが見て取れます。

 

世の中には大きく2種類の人間がいると思います。

何かを理由に諦める人間と、諦めない人間です。

 

諦める理由はさまざま。

お金が足りないから。

体が不自由だから。

自分は人と違うから。

彼女と/彼氏と別れたから……。

 

あかりちゃんは「普通じゃない」ことを自覚しながらも、無気力になることはありません。

推しを推し続けることに活力を見出し、仕事を探そうとしたり、バイトを頑張ったりするのです。

 

頑張り方や、物事と向き合う態度が大多数の人と違うだけで、あかりちゃんは決して無気力で、何も考えていない人間ではないと分かります。

 

効果2 共感できる人を増やしている

実際に「発達障害」と診断されている人はごくわずかで、世界には診断名がつかないけれど、発達障害的な特性を有している人がたくさんいると言われています。

 

あかりちゃんの病名が明らかにされないことは、物語に共感できる人を増やす効果も持っているのではないでしょうか。

 

・部屋が片付けられない

・仕事で失敗ばかりしてしまう

・興味のあることにだけ情熱を傾けられる

・漢字や九九を覚えるのが苦手

 

など、「自分もそうだったかも/今、そうだ」と思う人がいるかもしれません。

 

仮に、「あかりちゃんは○○という発達障害と診断されていて――」と書けば、「ああ、主人公は病気なんだ」という印象だけを与え、その先にある共感にハードルを設置することになってしまいそうです。

 

病名を明らかにしない代わりに、作中に登場する様々な症状。

何かが当てはまる人は、「今まで誰にも分かってもらえなかったけれど、あかりちゃんは自分と似たような体験をしている」と感じられるでしょう。

また、身近に発達障害と診断を受けた人がいる人は、「あの人も、こんな風に感じているのかな」と、誰かに思いを馳せながら読めるかもしれません。

 

ほどよい「ぼかし」が、共感の間口を広げているのでしょう。

 

日本的子育ての弊害

詳述は避けますが、あかりちゃんの母親は、幼少期の育てられ方にトラウマがあるようです。

そのせいか、子育てに対する理想が高く、思い通りにならないあかりちゃんに苛立ちを感じています。

 

トラウマの原因になっていそうな一言は、親やその上の世代の間でよく聞くフレーズで、それが世代を超えて現代の親・子どもの関係や精神に悪影響を及ぼしていると思うと、なんとも暗い気持ちにさせられます。

 

最初に言い始めたのは誰なんだろう。

 

親が自分の心のわだかまりやトラウマと向き合わなければ、無意識のうちに子どもにも同じように接してしまい、ますます腹立たしくなるケースは多いのではないでしょうか。

親と違うような親になりたいのに、同じやり方しか知らない。

心の中で幼い頃の自分が悲しくなって、それにまたイライラする。

そうして子どもを殴ったり、無視したりする原因になってしまう。

 

あかりちゃんのお母さんも、そんな流れの中にいるような気がします。

お母さんは、流れの断ち切り方・そもそも断ち切れるという事実を知らなかったのでしょう。

 

もっとお母さんが安定していれば、あかりちゃんの生き方もまた変わったのかな……などと考えなくもないです。

 

それでもお母さんが現在の生き方を選んだのは、おばあちゃんに対して抱いた多少の愛情を捨てきれなかったからかもしれませんね。

トラウマと愛情のはざまで、葛藤し続けているところなのかもしれません。

 

推しにくるまれた自己肯定

それでもすごいのは、あかりちゃんがそれなりに高い自己肯定感を持っていること。

 

逆に、自己肯定感があるからこそ、「自分は自分、他人は他人」という心の住み分けができていて、周りの目を気にしすぎず推しを推せるのかもしれません。

 

推しを通した自己肯定。推しを推している自分が好き。

個人的な話になりますが、私にも覚えのあることです。まあ私は自己肯定感がそれほど高くなかったんですが……。

 

根っこに自己肯定感が備わっているのは重要で、これがないと根っこがぐらついてどうしようもありません。

ひとまず何を媒介にしても良いから、ある程度の自己肯定ができるようになっておくことは重要だと感じます。

 

「○○している自分が好き」というところからスタートして、いつか「そもそも自分が好き」になっていけば良いのです。

 

推しを媒介にして世界を理解する――分かってもらえないけれど

あかりちゃんの推しへの情熱に、私も感ずるところがありました。

 

とはいえ、私が熱心に推していたのはアニメキャラであり、時期も中学生の時なのですが……。

画像を印刷してナンバリングし、丁寧にファイリングしたり。

推しを綺麗に描きたくて絵を練習したり。

あかりちゃんとは違うやり方だったけれど、私も自分の推しをとても大切にしていました。

推す存在があるって、人生の中で大きなスペースを占めます。

身だしなみを整えることとかも「推しのため」みたいになって、とにかく生活の中心に推しを置く。

 

だから受験勉強のことで親に説教された時、「何のために勉強するの?」と聞かれ、

「推しのため」と答えたら、

「自分のためでしょ!」となんの理解もされず一蹴された時は、「ああ、こいつとは一生分かり合えんな」と悟りました。

 

私の答えは、他人から見たら正しくないことだったのかもしれない。

けれど私にとっては整合性のあることで、推しが勉強のモチベーションでも、別にいいじゃん。

とは未だに思うことです。

 

大切なものを否定されること、理解されないことは、悲しく辛いことです。

 

あかりちゃんに自分の過去を重ねて、一緒に悲しくなったりしました。

あかりちゃんには、対象は違えど「推しを推すよさ」について語れる友達がいて、ある意味羨ましかったです。

 

本そのものに隠されたメッセージ

本が手元に届いた時、「不思議な本だな」と思いました。

表紙カバーは、かわいらしいピンク色。

しかしひとたびカバーを取れば、鮮やかな青が現れます。

 

色相環で考えれば、補色と呼ばれるような正反対の色。

 

今まで手にしたことがないような本でした。

どうして、こういう色の組み合わせにしたんだろう?

 

微かな疑問を心にひっかけながら、本編を読み進めていきます。

カバーと本体の色に対する答えは、物語の終盤で得られました。

 

ピンク色。あかりちゃんの心。肉体そのもの。

本体のブルー。推しのイメージカラー。

 

あかりちゃんの中心は推しであり、寝食を忘れて没頭するほどに情熱を感じられるものでした。

けれどあかりちゃんが推しを推すことができるのは、彼女の肉体があってこそ。

あかりちゃんが否定して、重苦しく感じていた肉体そのものなのです。

 

信奉したものと、否定したもの。

そのふたつが最後に合致して、あかりちゃんは大切なものを見つけます。

その過程と結果が、本体の色とカバーの色で表現されているのではないでしょうか?

 

推しはあかりちゃんの心の中心であり、かけがえのないもの。

そこで、本体の色に使われています。

そしてあかりちゃんのピンク色の肉体が、推しを尊いと思う心を包んでいる。

 

読者はカバーを取ることで、疑似的にあかりちゃんの心を覗き見ることができる。

実際、物語はあかりちゃん視点で展開していくのであり、『推し、燃ゆ』を開いて読みはじめることは、あかりちゃんの心を覗き見ることです。

 

表紙のデザインにセンスよく意味が込められている作品に、たくさん感動させられてきました。

しかし、カバーだけでなく本体の色、ふたつの色の組み合わせに意味を見いだせたのは初めてのことです。

すごい。すごすぎる。

本の装丁も宇佐見さんが考えたのでしょうか? 推せる。

 

こんなに深い意味の込められた本に出会ったのは初めてのことでした。

 

 

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Thank you for your reading!
I wish you all the best!

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