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最期の瞬間まで【「L change the WorLd」の感想】

マンガ -comics-
Image by Дарья Яковлева from Pixabay

こんにちは。スピリチュアル作家の皇月ノエルです。

デスノート好きが高じて、実写版映画「L change the WorLd」まで観ました。

↓Amazonプライムでも見れるようです

いろいろ感じることがありましたので、感想をまとめておきたいと思いました。

以下ネタバレありですので、苦手な方はご注意ください(^_^)

 

タイトルに込められたメッセージ

ワタリとエルの絆

タイトルの「change the WorLd」には、ワタリのイニシャル「W」と、エルのイニシャル「L」が、特徴的なゴシック体で入っています。

これらは作品内でパソコン画面に表示されたものであり、作品とのつながりが感じられます。

さらに、実写映画第二段である「the Last name」では、タイトルに「L」のゴシック体が入っていました。

「last name」とは最後の名前という意味。

実際、デスノートに最後に書かれた名前はエルの本名でした。

ルールを上手く使い、キラの魔の手を潜り抜けたわけです。

そして今回の「change the WorLd」。

実際に、作中で重要な鍵となったのはワタリとエル、そしてワイミーズハウスの子どもたちでした。

その1人であるKは、ワタリの意志を自分なりに解釈して、人類削減計画を実行しようとしたわけです。

そしてエルも、ワタリの意志を自分なりに解釈して、「人にはやり直すチャンスがある」ことを伝えようとしました。

主人公はエルですが、BOYも真希もワタリを頼ってきたのであり、ワタリがいなければ作品は成り立たなかったといえます。

 

世界を変えるために必要なこと

さらにタイトルを掘り下げます。

「change the world」とは、世界を変えるという意味。

これには過去と未来、2つの意味が込められているのではないでしょうか。

ワタリとエルのペアは、これまでにたくさんの難事件を解決してきたことでしょう。

2人が事件を解決したことで、世界には大きな変化がもたらされたと思われます。

物語が始まる前の過去から、2人は世界を変えていたのです。

そして、ここからは未来の話。

エルはタイからきた少年BOYに「ニア」という名前を授けました。

同じ時に、こう言うのです。

たとえ天才でも、たった1人で世界を変えることはできない

「デスノート」の中では1人でも捜査しようとしていたエル。

しかし「L  change the WorLd」の中では、他者からの協力に感謝する描写がみられます。

エルは決して傲慢ではありません。

むしろこれまで成功してきた天才だからこそ、1人の力の限界を感じていたのかもしれません。

そして自分が得た学びを、後進となるだろうニアにも伝えた。

エルに残された時間は多くありませんが、エルが世界を変えた事実と、後進に伝えた世界を変えていくためのメッセージは、そのまま残り続けるのです。

 

ひとりでできるもん

意外な生活力

ワタリの生前、エルの身の周りの世話はワタリが行っていたようです。

お茶とお菓子の用意、資料の取り寄せ、逮捕時の補佐。

ワタリは万能執事ですね。

そんなワタリ亡きあと、エルはひとり残されて大丈夫なのだろうか……。

作品を見始めたばかりの時、私はささやかな心配を抱いておりました。

しかし杞憂だったようです。

エルは残された時間を活用して、大量の事件ファイルをさばいていました。

しかも、変わらずお茶とお菓子を摂りながら。

前半のシーンから、エルの意外な生命力に気づかされます。

  • 必要な事件ファイルを選び出し、積み上げる
  • パソコンを操作して必要な相手に連絡を取る
  • お茶を淹れる
  • お菓子を並べる
  • 部屋を片付ける
  • お菓子の補充
  • 水筒にお茶を淹れる (水筒が「L」模様なのかわいくないですか!?)

などなど、一通り必要なことを自力でできることが判明したのです。(よかった)

今までワタリは代行していたにすぎないのでしょう。

エルは身の周りの世話を人に任せる代わりに、必要なことに集中する時間を買っていたとみることができます。

多くの人がやっていることです。

  • お腹が空いたから、自分で作るよりお店で出来上がったものを買う
  • 自分で頑張るより、クリーニング屋にしみ抜きをお願いする
  • ハウスクリーニングを頼む
  • 欲しいものを届けてもらう

もっと広げて言えば、家電で家事の時間を短縮することも、パソコンで資料作成し、手書きより手早く綺麗に仕上げることも、ある種の代行といえます。

エルはワタリにいろいろなことを代行・補佐してもらい、自分に与えられた時間のほぼすべてを推理に充てていました。

けれど決してひとりでは何もできないわけでもなく、やってくれる人がいたから任せていただけ。

 

食器のテイストの変化

ただし、変化したこともあります。

実写映画「デスノート」では、エルが使っている茶器は優雅なものでした。

私が気付いたところでは、ノリタケやウェッジウッドのティーセットなどです。

しかし「L change the WorLd」では、ワタリの死後、もっと地味でシンプルなカップを使っています。

あの茶色いティーカップはおそらく陶器製であり、口当たりもざらっとしたものではないかと思われます。

磁器であるノリタケ・ウェッジウッドとはだいぶ違う雰囲気です。

そこから、これはエルのセンスではないかと推測できます。

ノリタケやウェッジウッドのティーセットは、映画内で棚に飾られ使われていません。

これはおそらくワタリの趣味で揃えたティーセットでしょう。

当のエルは「甘いお茶を飲む」という目的が達せられれば、あまりティーカップの見た目や形にこだわらないのではないでしょうか。

あるいは「割れにくい」ことを重視しているかもしれません。
(割れると片づけの手間が発生するため)

エルはひとりで難事件解決に挑む中、ワタリがいた時とほとんど変化がないように見られます。

しかし使っていたティーカップの変化から、違いを読み取ることができるのです。

 

「小さな犠牲」の中の自分

「デスノート」の中で、エルがたびたび非難された捜査手法があります。

死刑囚や囚人を犠牲にするやり方です。

デスノートの実験や、キラの出方を窺う時、エルはこれから人が死ぬというのに、平然としていました。

捜査本部の日本警察たちが、その姿勢を非難したこともありましたね。

エルはそれを「キラを捕まえるための必要な犠牲」ととらえていたのでしょうか?

ただそれだけならば、エルは非情な探偵だで終わってしまいます。

しかしそれだけではない。

デスノートに自分の名前を書くことで、エルも犠牲者の一員になってしまったのです。

それを自分で「キラを食い止めるための、小さな犠牲」と話していました。

これまで世界を変えてきたのに、自分が死ぬことは「小さな」犠牲に過ぎない。

死を恐れず、非常に淡々としています。

普通の人にはなかなか持ちえない感覚です。

私はこの人並外れたたたずまいや言葉に、エルの魅力があると思えました。

デスノート解明のために、これまで大勢の人を犠牲にしてきた。

自分が最後にその列に加わるのは、静観したツケだと思っているのかもしれません。

同時に私は、もう1つ別の説も推したい。

もしかするとエルは、スピリチュアルな考え方にも明るいのではないでしょうか?

輪廻転生を信じているか、死が終わりではないことを知っているか……。

しかし、スピリチュアル系の話は拒否反応を引き出しやすい話題でもあります。

人によって信じることはばらばらで、中には「目に見えることしか信じない」と意固地になって否定する人もいます。

実際、何を信じるかは自由であり、自分の考えを押し付ける必要もない。
分かってもらう必要も本来、ありません。

エルはそれを知っているからこそ、誰にも話さなかったのではないでしょうか。

ただ話さなかっただけで、エルは他の人たちのように死を恐れてはいなかった。

だからこそためらいなく自分の名前をノートに書き、「小さな犠牲」とまで言ってのけた。

そんな気がしています。

 

エルが残したメッセージ

最期の瞬間まで大切に

エルは「change the WorLd」の中で、主に真希からいくつかのことを教わっていました。

  • 食べる前には「いただきます」
  • 甘い物ばかり食べるのは体によくない
  • 背筋も伸ばした方が良い

ニアをワイミーズハウスに連れて行った去り際、エルは背筋を伸ばして歩くことを試みます。

結局上手くは行きませんでしたが、このシーンで私は思わず泣きそうになりました。

エルは真希と別れ、次にニアとも別れました。

ワイミーズハウスに来るときはニアと一緒で、背中に鞄も背負っていた。

けれど出ていく時は手ぶらで、ひとり。

外見的には、すべてを置いて出ていくようにも見えます。

実際はそうではなかったのです。

エルの中には真希やニアと関わったことで、新しい体験や学びが増えたのでしょう。

それをちゃんと覚えている証明として、背筋を伸ばすことを試そうとしたのです。

結果的にはすぐ元の猫背に戻ってしまいましたが、「覚えているよ」というメッセージには、これでも充分。

さらに重要なこともあります。

エルはこの時、あと2日で死んでしまうということです。

「あと○日で死ぬ」というのに、行動的なエルの姿には目を見張るものがあります。

自分の寿命が迫っていることを知った時、自暴自棄になってしまう人もいるのではないでしょうか。

「どうせあと○日の命だから、好き勝手やろう」とか。

けれどエルは、最後まで全力を尽くして事件解決に向き合いました。

さらに新しく教わったことも心に刻み、決して「どうせあと○日で死ぬから、新しいことを学んだってムダ」とも言わないのです。

エルが「自分はあと○日の命だから……」と口にしたのは、Kに生きることを促す時だけ。

エルはあくまでも生きることだけを見つめていたのです。

 

世界は自分で変えていくことができる

もう1つ、エルが残したメッセージがあります。

真希のテディベアに吹き込まれた音声です。

あのくまちゃんには、もともと真希の母の声が入っていました。

真希ちゃん、おかえり。良い1日だった?

これに、エルが新たな言葉を付け加えました。

真希ちゃん、おかえりなさい。明日も良い日にしてください。

エルの言葉には、重要なメッセージが2つ入っています。

 

1, 未来を見据える目を持つ

お母さんの声は愛情深く、心揺さぶられた真希を落ち着かせてくれたことでしょう。

しかし、「良い1日だった?」という言葉は、ある種の危険を孕んでもいます。

今日を振り返る内容で終わっているからです。

今日という日は、もう終わってしまったこと。

真希が過ごしてきた過去の時間であり、さかのぼって出来事や体験を変えることはできません。

お母さんは愛情ゆえに真希を気にかけていますが、仮に「今日」が良い日でなかった場合、真希は絶望してしまう可能性があります。

ここに、エルが付け足した

明日も良い日にしてください。

があることで、明日という未来にも目が向くようになるのです。

今日が悪い日だったからと言って、明日もそうなるとは限りません。

なぜなら明日はまだ見ぬ未来だからです。

 

2, 未来は自分でデザインすることができる

明日も良い日にしてください。

考えようによっては、意味が似通った別の言葉でも良いのでは? と思いませんか。

例えば、「明日も良い日になりますように」とか。

けれどエルがあえて「良い日にしてください」としたところにも、重要な示唆があると思います。

つまり、「明日という未来は自分で決めることができる」という前向きさを感じさせることです。

仮に「良い日になりますように」とすると、お祈りの形になります。

明日がどうなるか自分には分からないから、どちらかというと消極的な形でお祈りをしておく。

これを「良い日にしてください」という言い方に変えるだけで、言葉に意志の力が加わります。

「良い日にするぞ!」という積極的な決意を起こさせるのです。

言葉の力は偉大です。

エルの言葉が真希の視点を未来に向かわせ、さらに「自分には、自分の人生を良くする力がある!」と信じさせることさえできる。

もう2人が会うことはないかもしれませんが、エルはこの世界に大きな贈り物を残したことになります。

 

エルのメッセージは真希に向けられたものであると同時に、映画を観たすべての人に向けたメッセージでもあるのです。

 

 

Thank you for your reading!
I wish you all the best!

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