なぜ十字街でなければならない?
こんにちは。スピリチュアル作家の皇月ノエルです。
ハルは謎の声に導かれ、十字街で「白い大きな猫」を探すことになります。
この「白い大きな猫」こそがムタであり、彼が猫の事務所へと連れて行ってくれました。
ムタはいつも、十字街にあるテラスカフェの椅子で昼寝をしている様子です。
その見た目は、普通の猫 (まあちょっと太ってるけど……) と変わりません。
なぜ、ムタと出会うには十字街でなければいけなかったのでしょうか。
言葉の意味から考察していきます。
「十字街」の言葉の意味を考察!
ハルが「白い大きな猫」を探しに十字街で出向く時、「十字街」と描かれた旗が映るカットがあります。

十字街の旗。
旗にも書かれている通り、「十字街」は英語に直すと「cross road (クロスロード)」となるようです。
ここに、十字街がムタと出会う場所になる理由が隠されていると思います。
英語圏では、「十字架」のことも「cross (クロス)」と呼びます。
そこから、「十字街」を「クロスロード」と呼ぶことには違和感がありません。
ですが、「cross」という英単語には、もう1つ意味があるのです。
それこそが「交差」。
「cross road」は通りの名前であると同時に、「交差する道」という意味でもあるのです。
バロンは猫の事務所があるミニチュアの町を、「君たちが生きる世界とは、少しだけズレた場所」と説明しています。
つまりあそこは、ハルの生きる現実と隣り合わせに存在する、不思議な世界ということになります。
ハルが生きる「普通の世界」と、ムタやバロンが生きる「ちょっとズレた世界」。
この2つが交差する場所、という意味が込められているのではないでしょうか?
必ず世界が「交差する」とは限らない
ところが、十字街を歩いたからといって、必ず不思議な世界に潜り込めるわけではありません。
そのことは、物語のクライマックスでも表れています。
ひろみと一緒に十字街を歩くハルは、ムタが昼寝をしている前を通りかかります。

ハル&ひろみがムタの前を通り過ぎるところ。
ところが、ハルはムタに声をかけずに通り過ぎてしまいます。
歩調を緩める気配もなく、ムタの存在に気付いているのかいないのか、映像から判断することはできません。
積極的に関わり合うわけでもなく、必要な時に繋がれるよう、隣り合わせに存在している。
ハルの現実とバロンたちの世界は、そんな関係性なのかもしれません。
車の運転に当てはめても、似たようなことが言えるのではないでしょうか。
道路には無数の交差点が存在します。
そして、交差点の通行には多大な危険が伴っています。
何しろ、違う方向に走る車が代わる代わる通る場所なのですから。
重大事故のリスクも大きな道路の筆頭です。
ところが信号無視でもしない限り、大きな事故は滅多に起こることがない。
それは、信号機やドライバーの合意によって、交通規則が守られているからです。
もしかすると、ハルの世界とバロンたちの世界にも「規則」のようなものがあって、積極的に関わりすぎないことが了解されているのでしょうか?
断絶するでもなく、混ざりあうでもなく、距離感を保って同じ世界を共有する。
あの通りに「十字街」と名前を付けた人は、バロンたちの世界の存在を知っていた人かもしれない……。
そんな想像を巡らせてみるのも、面白いかもしれません。
Thank you for your reading!
I wish you all the best!
コメント