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トラウマが理解を妨げる

生き方の話 -Life Styles-
Image by Free-Photos from Pixabay

こんにちは。スピリチュアル作家の皇月ノエルです。

 

先日、「障がいのある人に、どう接したら良いんだろう……」と考えた記事を書きました。

「バリア」を身近に感じるということ
こんにちは。スピリチュアル作家の皇月ノエルです。 町で車いすに乗っている人、白杖を持っている人、ヘルプマークを付けている人……。そういう人たちに会うと、気遣いたいあまりにどう接して良いか分からなくなることがあります。差別したいわけ...

未だに緊張が拭い去れたわけではなく、
差別の意図なく「障がい者」という言葉を使って話すのは難しいな、と感じています。

同時に、そう感じる理由にも思い至りました。

 

例によって、昔のトラウマめいたものに話がいってしまうのですが。

私が小さい頃、家族や親戚の中には車いすを使う人がいませんでした。

必然的に、車いすや白杖、点字ブロックを目にするのは、外出先でのことになります。

初めて見た車いすが珍しくて、何なのか分からなくて、「あれなに?」と純粋に指さしました。

すると父親に「指差さないの!」ものすごい剣幕で怒られたのです。

当時6~7歳くらいの私に、差別の意図はありませんでした。

なんかかっこいい車輪のついたのに乗ってる人がいる。
(なんだろう、乗ってみたい!)

くらいのテンションだったのです。

でも当時はそれを上手く伝える語彙力も勇気もなく、ただ怒られたことにびっくりして、黙り込んでしまいました。

説明もなく、怒られた理由が分からなかったのです。

以来、私は車いすの人や学校の特別支援学級を、なんとなく避けるようになりました。

どう接して良いか分からなかったから。

見ないようにした方が良いのかと思ったから。怒られないために。

 

 

SNSを始めてしばらくすると、車いすを使う人、補聴器を使う人、子どもが障がいを抱えている人……。

いろんな当事者の人達の発信が目に飛び込んでくるようになってきました。

「お店で会った子どもが『あれなに?』と我が子のことを指さしたら、親御さんが『悪いことをするとああなる』と誤解を生むような教え方をしていた」

「イヤホンと間違うから、自転車に乗る時は補聴器を外しなさいと言われた」

など、胸が痛くなるような話が増え続けています。

日本では均質的な一斉教育が重視され、「みんなと同じ」が美徳であるために、「違いすぎる」と無言のうちに見なされた人と接する機会がすごく少ない……。

そんな風に感じています。

 

それらの投稿を見るたびに、「理解のない人間になりたくない」と思います。

理解したいからこそ誰かと仲良くなって、率直に必要なことを教えてもらったり、エッセイや本で勉強したいとも思うのだけれど……。

心のどこかに古い記憶が引っかかっているというか、「差別の意図なく興味を持つ」ことが難しいというか、心にブレーキがかかる感じがします。

出先で相手のことをじろじろ見ていたら、こちらにその気がなくても相手は不快に思うかもしれない。

でも相手のことを気にしすぎてぎこちなく振る舞うのも、相手に失礼かもしれない。

だからといって「普段通り」を意識する時点で、それは普段通りではないわけで……。

いつも考えが堂々巡りに陥ります。

 

親が障がい者について、偏見めいたことを教える人間ではなくて良かったとは思っています。

けれどあの時怒られた理由、さらに踏み込んで「じゃあ、どう接すれば良いのか」まで教えてくれなければ、子どもは何も分からないのにな。

そうしてなんとなくとっつきづらくなって、無意識の差別やぎこちなさが世代から世代へ受け継がれて行ってしまうのに……。

 

腹立たしいような、虚しいような。
そんなことを考えています。

 

 

Thank you for your reading!
I wish you all the best!

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