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来世でも魅せる決意表明【The Show Must Go Onを意訳&スピリチュアル考察】

QUEEN
Vishnu RによるPixabayからの画像

こんにちは。スピリチュアル作家の皇月ノエルです。

 

QUEENの楽曲「The Show Must Go On」は、映画「ボヘミアン・ラプソディ」のスタッフロールにも流された曲です。

映画「ムーランルージュ」内で使用された楽曲の1つでもあります。

今だからこそ、の解釈かもしれませんが、曲中にはフレディの力強い決意表明ともとれるフレーズが隠されてもいると思っています。

舞台の上から

Empty spaces – what are we living for

Abandoned places – I guess we know the score

On and on, does anybody know what we are looking for…

「空っぽの空間――僕達はなんのために生きているのだろう

打ち捨てられた場所――みんな自分のやるべきことを知っているんでしょう

何度も何度も、誰が僕たちの探しもののありかを知っているだろう……」

“score”を「自分のやるべきこと」と意訳したことには理由があります。

英単語”score”には、「得点」などの他に「総譜」という意味があるからです。

総譜とは、オーケストラや合唱の時のパートがすべて網羅された楽譜のことだそう。

つまり、総譜を見れば全員の歌い分けが把握できるということです。

とても広い目から見れば、人生はスケールの大きい交響曲のようなもの。

みんなが自分のいるべき時に、いるべき場所にいるのだと言われることもあります。

自分のパートをきっちりと歌い続けているわけですね。

歌(行動)のすべてが意図的に行われているわけではありません。だから傍目には自覚がない人も多いだけなのです。

Another hero, another mindless crime

Behind the curtain, in the pantomime

Hold the line, does anybody want to take it anymore

「もう1人の英雄、もう1つの非道な罪

カーテンの裏で無言劇をしてる

後には引かない、誰がこれ以上耐えようと思うだろう」

スポットライトを浴びることができるのは、ステージに立った役者だけです。

舞台袖で何をやろうが、観客の目に留まることは終ぞありません。

カーテンの裏で見えない劇をする「英雄」と「罪」は、フレディ自身の内面を表しているのではないでしょうか。

英雄とは、すなわりフレディのハイヤーセルフ

ハイヤーセルフは人生を見通して、これからやるべきことと人生の意味を伝えてくれようとします。

そして罪とは、フレディのエゴ(自我)の権化かもしれません。

あるいは、同性愛者である自分への微かな自己否定、親より先に亡くなってしまう親不孝の罪悪感……当てはまりそうなものがいろいろと考えられます。

彼らは、姿の分かる形で舞台(フレディの人生)に登壇することはありません。

いつもフレディの心の中にいて、彼に囁き続けているのです。

彼らの姿が見えるのは、ステージにいるフレディのみ。

客席からは見えなくても、彼らは確実に存在しているのです。

それでも、舞台は続く

The show must go on,

The show must go on

Inside my heart is breaking

My make-up may be flaking

But my smile still stays on

「舞台は続く

舞台は続く

僕の内面はとっくに壊れていて

僕のメイクは剥がれ落ちているかもしれない。

それでも、僕は笑顔を絶やさない」

人にはいくつかの面があると思います。

ペルソナと似ているかもしれません。

多くの人に見せる「外向きの自分」と、ごく親しい人にしか見せない顔。

さらには誰にも見せることのない、見せたくない、心の深部も持ち合わせているのでしょう。

普段は化粧や作った表情でそれらを誤魔化すこともできるかもしれません。

けれどフレディには、それも難しくなっていたのでしょうか。

フレディがあまり公に姿を現さなくなると、「フレディは病気ではないか」という予測が飛び交ったと聞きます。

実際にフレディは病気でしたが、死の直前までそれを伏せていました。

取り繕って、なんでもない風を装っていたのです。

けれども実際に「メイクは剥がれ落ち」、一部の人は病気の予測を手放しませんでした。

フレディは最後まで曲作りに精を出し、一生をパフォーマーとして過ごしたのです。

振り返りと、近づく”自由”

Whatever happens, I’ll leave it all to chance

Another heartache, another failed romance

On and on, does anybody know what we are living for?

I guess I’m learning, I must be warmer now

I’ll soon be turning, round the corner now

Outside the dawn is breaking

But inside in the dark I’m aching to be free

「何が起きても、新しいチャンスのためにすべて残しておくよ

新たにやってくる悲嘆、もう1つの恋が破れたことにも

何度も何度も、誰が僕たちの生きる意味を知っているというんだ?

僕は自分が学んだことを分かってる。僕は人に思いやりを持たなければ

僕はすぐに曲がるんだ。角を曲がるところに来ているんだ

外では夜が明けようとしている。

でも僕の内面は暗いままだ。僕は自由になる前の痛みを感じているんだよ」

多くの人が、何度も生まれ変わった末に今を生きています。

私たちを制限するものは本当は何もないのです。

ですが地球には、過去から受け継いできた「制限」のようなものがたくさんあります。

たとえば、男性はこう振る舞うべき、女性はこうあるべきというジェンダー論。
真面目に働くとはどういうことか。
幸せな人生とはどういうものか。
罪に該当するのはどんなことか。

これらは歴史、文明、宗教、地域の文化によって差があるものです。

ある意味、「そんな制限は虚構に過ぎない」ことを身をもって知るために、生まれる場所を選んできているのかもしれません。

ですが本当は、私たちにはありとあらゆる機会(チャンス)が提供されているのです。

わざと前世と同じような状況を作り出して、違う反応をしたらどうなるか試してみたり。

まったく未体験の分野を追求する人生を選んだり。

最大の使命が決められているほかは、けっこう自由に寄り道や方向転換ができるようになっているのです。

そしてフレディが曲がろうとしている角。

これは間接的「死」の暗示ではないかと考えられます。

英語では「around the corner」で、「すぐそこに」という意味があるのです。

角を曲がったら運命の人とぶつかって……という、よくある恋愛モノの始まりみたいでもあります。

フレディを角の向こうで待っているものは死、そして次の人生です。

フレディが「フレディ・マーキュリー」として生きられる時間は残り少なくなっている。

だからこそ身近にいる人たち、自分をさせてくれた人たちに優しくありたい。

そんな願いが込められているのかもしれません。

フレディとて、死が恐ろしくなかったわけではないでしょう。

だからこそ彼の内面は暗いままで、心と体の痛みに耐えているのです。

「死」は終わりではない

My soul is painted like the wings of butterflies

Fairytales of yesterday will grow but never die

I can fly – my friends

「僕の魂は蝶の羽根みたいに描かれているんだ

過去のおとぎ話は進化するけれど、決して途絶えることはない

仲間たちよ、僕は飛び立つ」

ここからが、スピ考察の主題とも言える部分。

フレディが死を終わりではなく、さらなる躍進ととらえていることがよく分かります。

フレディが亡くなれば、「フレディ・マーキュリー」も「QUEEN」も、彼にとって過去のものになってしまいます。

けれど現在のように、QUEENは新たな形で続き、フレディの名前も忘れ去られることがありません。

フレディは終わったのではなく、形を変えて軽やかに飛び立っただけ。

行き先は、もちろん新たな人生です。

舞台は続く

The show must go on

The show must go on

I’ll face it with a grin

I’m never giving in

On – with the show –

「舞台は続く

舞台は続く

僕はニヤリと笑って立ち向かうのさ

僕は決して諦めない

舞台を続けるのさ」

フレディは死に向き合ってすら、微笑む余裕を見せています。

これはやせ我慢ではなく、フレディの本心から出る笑みなのでしょう。

死を不安がる気持ちも持ちつつ、同時に新しい可能性が開けてくることを好戦的に受け止めているのです。

I’ll top the bill, I’ll overkill

I have to find the will to carry on

On with the 

On with the show-

The show must go on…

「僕が先陣を切るだろう、僕はやりすぎるだろう

僕は実行し続ける意志を見つけなければいけないんだ

……を続けながら

舞台をやりつづけながら

舞台を演じ続けながら」

QUEENメンバー4人の中で、早くに亡くなったのはフレディでした。

彼は先頭に立って、新しい段階へ進むとはどういうことかを見せようとしたのでしょうか。

最初にやる気を出すことよりも、モチベーションを保ち続けることの方が体力を使うものです。

フレディは生まれる前から、QUEENを結成し、そして自分が最初に立ち去ることを決めていたのかもしれません。

それが最初の「やる気」です。

だとすれば、死を目前にしたこの時、最初の決意がぐらついていないかどうか?

本当にこのまま終わって良いのか?

意思に迷いが生じたのでしょうか。

けれども決めた大枠のシナリオはそのままです。

フレディは残された時間の中で楽曲制作を続けながら、今までとこれからに思いを馳せたのかもしれません。

 

転生の決意

過去のインタビューで、フレディは自らが転生する可能性について語ったことがあるようです。

ネットで記事を見たことがあります。

「40代ぐらいで死にたい。70まで生きるなんて退屈すぎる」

インタビュアーが「そのくらいの年になったら、また体感を聞かせてください」と言うと、

「どうだろうね。その頃には、僕は生まれ変わって新しい人生を始めているだろうから
と答えたというのです。驚きです。

おそらくインタビュー当時、フレディはまだ20~30代。

先のことをほとんど知ってはいなかったでしょう。

それでも転生の予感を受けとり、堂々と人に話していたのです。

しかも、「40代くらいで死にたい」とは、なんとジャストな回答。

実際にフレディは45歳でこの世を去っています。

死の直前に、フレディが人生に対してどういう印象を持ったかは分かりません。

ですが少なくとも、40数年の人生を全力で走り切ることは元から決まっていて、その目標は果たしたのではないでしょうか。

 

 

 

Thank you for your reading!
I wish you all the best!

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