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皇月ノエルはこんな人

光と音に敏感な「繊細さん」(HSP)。小説家をしています。
コチラの記事で自己紹介しています
↓こんな感じの作品を書いています。
すべて短編です↓
(作品タイトルをクリックすると、作品ページに飛びます)
「第17回星の砂賞」審査員奨励賞受賞作「紙の森」
――悲しみから、朝が芽生える。
「ハナビシソウ」
――知らなかった。先祖が僕を見守っているなんて。
「もがり」
――これだけは覚えておいてね。私が、ずっと君を好きだっていうこと。
星の彼方から君を愛す
ご一読いただけますと嬉しいです。

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線路に落ちた人を助けるか? 論争

ブログ -BLOG-

こんにちは! スピリチュアル作家のNoel Kozuki (皇月ノエル)です。

今朝のニュースで、京都で撮影された動画が話題になっていましたね。

線路内に落ちた人を、その場に居合わせた人たちが線路に立ち入って独断で助けたことに、賛否両論が巻き起こっているのだとか。

「自分の正義感だけで大勢の人に迷惑かけるなんて」
「とても勇敢な行動」

相反する意見が飛び交っているようです。

私はどちらの意見を支持するというわけでもないです。いろんな意見がある方が健全だしね。

だから私も意見を付け加えます。賛成・反対じゃなく。

自分のいたホームで、人が線路に落ちた。

そういう「非常事態」の時って、3種類の人間がいると思うんですよ。

・非常事態→救助 という思考が働いて、すぐ行動する人たち
・「助けたいけど、え、どうしよう?」って固まる人たち
・自分には関係ない、あるいは係の人に任せておこうという人たち

どれが正しいかとかはおそらくなく、いろんな人がいてOKだと思います。
だってホームに居合わせた全員が「すぐ行動する人」だったら、一人が線路に落ちた瞬間、全員で線路になだれこむような状況になる可能性だってありますからね(笑)。

「非常停止ボタンも押さずに線路に入って、電車にはねられたらどうするんや」
「過去にはこういう事故の事例もあるから危険だよー」

ニュースではさまざまな意見が取り上げられていましたが、すべてに共通して言えると思われることが一つ。

あとからはなんだって言えるよね。

同じホームに居合わせた人々。誰かが線路に落ちた。
その時、直感的に線路に降りたり、非常停止ボタンを押しに行ったり、何らかの救助活動をすぐに始める人たちの頭の中には、過去の事例などありません。

「線路に人が落ちた! でも過去には一般人がそれでひかれているから、どうしよう、でも助けた方が良いかな?」

なんて、「今、目の前」で起きていること以外は頭にないのです。

仮に「助けるべきか、否か」「線路に降りるか、否か」を考えて何も行動しない時間があったとして、素早く動けばその思考時間の間に人を助けられるかもしれないし、人が電車にはねられるかもしれません。

今回の出来事では、「あとから振り返って考えると、不適切だったかもしれない」という見方もできます。

でも、非常事態が起こった時、「その場」でなされた判断が、実は最善だったんじゃないかなとも思ってしまうのです。

ハドソン川の奇跡を「奇跡」にしたのは、機長の判断で、別の選択をしていたらハドソン川の「悲劇」になっていたかもしれません。

一瞬の判断が明暗を分ける、とはよく言ったもので、後から「奇跡」だの「悲劇」だの「不運」だの「今回はラッキー」だのと、定義づけはあとからいくらでもできます。

だからすぐ線路に降りた人が間違いではないし、「お前ら全員、轢かれたいんか?」とツイートした方も間違いではない。

ただし、何が正しくて何が間違っていたかは、それぞれの信念にゆだねられており、ただ1つに決めることはできないことを、心得ておいたら良いのかもしれません。

Thank you for your readng!
I wish you all the best!

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