お知らせ

皇月ノエルはこんな人

光と音に敏感な「繊細さん」(HSP)。小説家をしています。
コチラの記事で自己紹介しています
↓こんな感じの作品を書いています。
すべて短編です↓
(作品タイトルをクリックすると、作品ページに飛びます)
「第17回星の砂賞」審査員奨励賞受賞作「紙の森」
――悲しみから、朝が芽生える。
「ハナビシソウ」
――知らなかった。先祖が僕を見守っているなんて。
「もがり」
――これだけは覚えておいてね。私が、ずっと君を好きだっていうこと。
星の彼方から君を愛す
ご一読いただけますと嬉しいです。

BOOTHにて作品販売中!

ハンドメイド刺繍作品は、メルカリからBOOTHにお引越ししました。
小説、TRPGシナリオも今後追加予定です。
商品を探しに行く

ケンカの流儀

ブログ -BLOG-

納得していないままの言い合いがある。

その人に愛想良く接する器量は未だないし、暫く付く事も無いだろう、と思う。

同時に精神世界的な見方では、あらゆる出来事は「相手と自分の共同創造」だと言われる事も知っている。

あれには何らかの協力が在ったのだろう、もちろん無意識下で。

頭で分かっている事と、腑に落ちる事は似て非なる物。

私は未だこれを頭で分かっているに過ぎない。心が納得していないのなら、いくら表面的に分かっているふりをしても、それは偽りだ。

偽ろうとして失敗したので、もう偽らない事にした。つまりは「許さないままで良いや」と思っておく事にした。

人は時間が経つごとに変わっていく物だから、もしかすると時が経てば見方が変わるかもしれない。
変わらないかもしれない。
相手も見方が変わるかもしれない。
それはずっと先かもしれない。

でも、もし「すべての事は共同創造」という事がスピリチュアル的な真実なら、私たちは死後、必ずその事実に突き当たることになる。

肉体を離れた後の身軽な精神なら、きっとその真実を誤解のない形で受け入れることができるだろう。

結局真実に辿り着くのなら、別段急ぐ必要も無いのではないか。知ったかぶりをして人に説教する方がよほど見苦しい。

分からないままで居る事も、誰かにとっての一つのヒントに成り得るのでは。

コメント

タイトルとURLをコピーしました