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天命を示す、だけ

モアナと伝説の海

こんにちは! スピリチュアル作家のNoel Mercury (皇月ノエル)です(*´▽`*)

劇中で とっても大事な役割を果たすキャラクターたちがいます。
それこそが、モアナの先祖たちです。

答えを求めに洞窟へ入ったモアナは、先祖たちがどうやってこの島まで来たのか、ビジョンを見せられます。

さらに物語の後半では、
「世界を救う使命は誰か別の人がふさわしいのではないか」
と迷い、一時は大切な石を海に帰してしまいます。

その時にも現れて、モアナを励まします。

特に私が感動しているのは、モアナの祖母「タラおばあちゃん」。

タラおばあちゃんは自分の命が消える瞬間まで、モアナに「行きなさい」と言い続けます。

それはお父さんの反対を押し切って、海に選ばれた勇者として旅に出なさいということ。
迷っていたモアナの背中を押したのは、ほかならぬタラおばあちゃんでした。

タラおばあちゃんがモアナと肉体を持って話し、旅立ちを示唆して亡くなり、物語の後半で「エイになって戻ってくる」ことには、彼女が先祖の代表であるという意味があるのではないかと思います。

タラおばあちゃんは一族の長の家系ではあるけれど、実際の村長は息子(モアナ父)なわけで、ただのご隠居さん。

でもモアナのメンター的な立ち位置にいます。先祖の歴史も知っています。

モアナがインスパイアされるべき、先祖との懸け橋という役割を持っているのではないでしょうか。

私が思うに、「親の愛情」と「先祖の愛情」って別物です。
共通しているのは、「子どもに幸せになって欲しい」ということ。

でも別物になるのは仕方のないことで、肉体を持っている人間には「自我」があるのです。

子供に幸せになってほしいがために、
「偏差値の高い大学に行けば幸せだ」
「安定した給料の人と結婚すれば幸せだ」というように、自分が思う「幸せ観」を、子供に押し付けてしまうのです。

子どもも別個の人間ですから選択権があるのですが、親離れ、子離れができていないと、どうしても親は子供を枠にはめようとし、子どもは無意識のうちに枠の中で育ちます。

「両親価値観はそうかもしれないけど、僕はそうは思わない」
きっぱりとそう言えるような、自分軸を持った子供になりたいものです。

ちなみに固定観念って根深いので、これは年齢的には子どもでない人にも当てはまる話なのだとか……。

対する先祖たちは、生きている人間に比べて自我が弱いです。

特に映画の中では、モアナを引っ張る役目ですから、あれは単純に「先祖の誰々の霊魂」というよりも、ガイドスピリットの集団に近いのではないかと思います。

「亡くなった人」というより「守護天使」に近いイメージです。

彼らは自我がなく、高次元の波動に近い分、思考が神様に似ています。

人間にはそれぞれ生まれ持った使命があり、どんな人生を生きるかは それぞれが決めてきている。幸せの形も人の数だけ存在する。

そういう精神世界の本に書かれていそうなことを、全部分かっているのではないかと思います。

だからこそ、彼らはモアナにビジョンを見せるだけ、夜の海で語りかけるだけなのです。
モアナの人生を決めるのはモアナであり、先祖たちのビジョンに従わなくても良いよ、というスタンスです。

しかし人は自分の使命を思い出した時、そこに向かわずにはいられません。

もしかしたら道の途中に障害物があるかもしれないけど、それでも一度気がついたら、目を背けようとしても「それ」が気になるものです。

先祖たちは、モアナの使命がなんなのか分かっています。

使命とは「これが使命だ」と強制されるものではなく、ただ思い出すものだと知っています。
どこまで一緒に歩いていっても、最後に決めるのはモアナ。

どんなにサポートしようとしても、先祖たちにできるのはヒントを落とすことだけ。

先祖たちは、私たちをものすごく応援してくれています。
だからこそ、私たちは夢に向かって進めるのかもしれません。

Thank you for your reading!
I wish you all the best!

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