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皇月ノエルはこんな人

光と音に敏感な「繊細さん」(HSP)。小説家をしています。
コチラの記事で自己紹介しています
↓こんな感じの作品を書いています。
すべて短編です↓
(作品タイトルをクリックすると、作品ページに飛びます)
「第17回星の砂賞」審査員奨励賞受賞作「紙の森」
――悲しみから、朝が芽生える。
「ハナビシソウ」
――知らなかった。先祖が僕を見守っているなんて。
「もがり」
――これだけは覚えておいてね。私が、ずっと君を好きだっていうこと。
星の彼方から君を愛す
ご一読いただけますと嬉しいです。

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○○歳とは思えない?は?なめんなよ

HSP・人と違うこと

最近、10代、20代の活躍が華々しい。
テレビでそういう「若くてすごいことをやっている人たち」の特集が組まれるたび、スタジオで言われるお決まりの言葉がある。

「すごいですね。10代とは思えませんね」

私はこのフレーズを聞くたびに「は?」と食ってかかりたい気分になる。

先にスピ的な話からしておくと、時代が進むにつれてどんどん精神的な方向性が強まっている。
それに伴い、「クリスタルチルドレン」「レインボーチルドレン」などと呼ばれる、魂年齢は古い、様々な体験と知識を備えた魂たちが、新たな生命として地球に誕生してきている。

つまりは、彼らは見た目は10代や小学生だけれども、今の大人よりも多様な生き方を経験してきており、広い視野を持っていることがままあるということだ。

そりゃあ大人びているのは当然で、小さい頃から自分のやりたいことがはっきりしていたり、何かを始めてすぐに才能を発揮することもあって当たり前と言えるだろう。

それを「10代とは思えないほど大人びている」だの「まだ20代ですからね。すごいですね」と褒めそやすのは、失礼以外の何物でもない。

若いからすごいのではなく、それをやるために生まれてきたから楽しく取り組んでいるのであって。

それに「10代とは思えない」というフレーズでひとりの「すごい人」を褒めそやすということは、言外に
「普通の10代はそんなことできない」とか
「他の10代はもっと子供っぽい」と言っているのであって、失礼甚だしい。

そういう言葉を使っているから、「あの人はすごいけど、どうせ自分は……」と、早くに自分の人生を低く見積もる人たちが増えていく可能性だってある。テレビの影響力は多大すぎる。

若いうちに自分のやりたいことに才能を発揮するのは、もちろん素晴らしい。

でも才能を発揮してテレビの取材に応えると「大人びている」「○○歳とは思えない」と褒めそやされるのに、
そうでない時に大人びたことを言うと
「自分の可能性を若いうちからそんなに定めるのはもったいない」
「年にそぐわないことを言って」
と、まるで悪いことのような言い方をされるのはおかしいのではないか?

あの人はすごくて、自分は同じことをしてはいけないのか?

「私はもう年だから」と年齢のせいにして変化を嫌ったり、やってみたいことを諦めたりするのはおかしくないか?
まだ体は動くのに。「やってみたい」という情熱があるのに。

年をとってから新しいことを始めた人が「高齢なのにすごい」と褒められるのは、
「年寄りは活力がなくてしなびている」という固定観念を生みだしはしないか。

そろそろ、人の年齢でその人の性質を決めてかかるのをやめるべき時。

すごい人は何歳だろうがすごいし、子どもっぽい人は何歳でも子どもっぽい。
「幼稚」だと言われていたのが「頑固オヤジ」と呼ばれるようになるだけだ。

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