親のエゴで結婚が遅れる

こんにちは! スピリチュアル作家の皇月ノエルです(*´▽`*)

 

「魔法にかけられて」での悪役は、エドワード王子の継母のナリッサ女王です。
王子が継母というのも、なかなかに珍しい。

そして、似てない!(笑)。

 

この女王は、ひたすらにジゼルを敵視して邪魔します。それは、自分の王位を守りたいから、です。
ジゼルとエドワードは、おとぎの国での運命の人。
2人が出会ってしまったら、すぐ結婚! という展開になるのは目に見えています。

 

もしエドワードが結婚したら、彼が王様になってしまうわけですから、女王は女王ではいられなくなる。

だからナリッサ女王は、物語が始まる前から、2人を出合わせないようにしよう! と画策しているのです!

 

エドワードはトロール狩りを楽しんでいますが、従者のナサニエルとトロールの会話から、これは何度も2人が計画している茶番であることがうかがえます。

ナリッサ女王はトロール狩りに集中させることで、エドワードとジゼルを出合わせないようにしてきたのです。

 

加えて、2人が出会ってからは、結婚を阻もうとジゼルをニューヨークに送り出し
ジゼルを殺させようとナサニエルを送り込み
ジゼルとロバートが結ばれないようにとドラゴンに変身して戦ったり……
後半は、ただただジゼルを虐める役になっていますね(笑)。

そして、魔法にかけられての物語は途中から実写になりますが

ニューヨークに来たジゼル、意外と老けてる……
というのが、非常に失礼ながら、最初に見た時の私の感想でした。

 

でも、よく考えてみればそれも当然なんだよね。

だってナリッサ女王が、2人が出会う「運命の瞬間」を遅らせてきたんだもの。

もしかしたら、2人は10代の時に出会う予定だったのかもしれないけど

そのタイミングを逃したから、たぶんあの見た目で20~30代ぐらい? まで結婚せずにきたわけで。

 

結果としては、それが本当の「運命の相手」に出会う展開を引き寄せたのですが、これは物語の中だけの話ではない、というのが私の持論です。

 

親として、子供の幸せを願うのは当然のことだと思うけれど、親の考える「幸せ」を持ち込んで

「結婚するなら、せめてこれくらいの年収がある人じゃないと」
「家事がしっかりできる女性じゃないと」
「このレベルの大学を出ている人じゃないと」

などと、あれこれ条件をつけて考えていると

それを聞いて育った子どもは、大学、仕事、年収などを基準に結婚相手を選ぶことになってしまいます。

無意識に親の考えを優先して、自分の「好き!」っていう気持ちを殺してしまうのです。

子どもにとって、親の言葉とは、神さまの言葉と同じくらいの強力さがありますから。
世の中にはいろいろな形の幸せがあります。

 

子どもが選ぶ幸せの形は、親が考えるものとは違うかもしれない。

それは人間ですから、個性がありますから、当たり前のことです。

 

自分の子どもが好きになった人は、夢を追いかけているがゆえに極貧かもしれない。
それでも結婚して、一緒に幸せになっていきたいと思うかもしれない。

好きっていう気持ちは本物なのに、
親が常々言い聞かせた
「年収はせめてこれくらいの人じゃないと……」という勝手な価値観が歯止めをかけちゃって親の意見を無意識のうちに優先しちゃって、好きでもない、年収の高いだけの人と結婚したら?

 

 

離婚が増えている理由って、
本当はその人のことが好きなわけじゃないことに気づいたからなんじゃないかと私は勝手に考えております。

好きだと勘違いしていた人。

無意識に親の意見を優先してきちゃった人。

そろそろ多くの人が、
自分は本当はどんな人が好きなのかしら?
私はどんな人と結婚したいかしら?

親の価値観から卒業して、自分の基準を持って行く時だと思っています。

親が反対したって
「20歳を過ぎれば互いの合意のもと結婚できる」んだから☆

 

 

 

I wish you all the best!

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